大井川鐵道で41年間運行されているSL(動態保存) その旧型客車(1939年〜1954年製造)の運用負担を分散します

大井川鐵道の蒸気機関車動態保存については高瀬文人氏の「鉄道技術者白井昭〜パノラマカーから大井川鐵道SL保存へ〜」を【鉄の本棚01】で取り上げた際に触れています。1955年(昭和30年)旧国鉄に4897両あった蒸気機関車が、大井川鐵道で「かわね路号」が走り始めた1976年(昭和51年)には事実上姿を消していたのです。当時の国鉄は「蒸気機関車を動態保存して走らせるなど時代に逆行する」として全面的に否定しました。大井川鐵道のSL動態保存は当初は入手先を迂回した上、こっそりと準備されたのでした。

その国鉄がSLの観光価値に気付き、大井川鐵道に遅れること3年、SL山口号の運行を開始しました。そのSL山口号の客車が、今度は大井川鐵道でSLに牽かれて走るのですから歴史は面白いですね。

12系客車

JR西日本山口線新山口駅(山口県)~津和野駅(島根県)62.9キロを1988(昭和63)年~2017(平成29)年9月2日までSLやまぐち号に牽引されていた客車です。内装は欧風(カーペット敷き)、明治風(座席が革張り)などとバラエティに富んでいます。

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大井川鐵道が始めたSL動態保存、最近は大手私鉄の東武鉄道も参入してSLの迫力を好むファンの期待に応えています。ただ、上記の本で大井川鐵道でSLの動態保存を始めた白井昭氏が心底心配していたことは、蒸気機関車の心臓部である「ボイラー」を製造(全面的に補修)する技術がもはや我が国に残っていない事でした。新たにボイラーを製造するとなると、いったい何億かかるか分からないという「極めて脆弱な基板」の上でSLの動態保存は日々続けられているのです。