広島県広島市安佐北区亀山。ここに昨年3月、単式1面の新たな無人駅が誕生した。

JR可部線 電化延伸区間の唯一の途中駅、河戸帆待川駅。

開業から1年がたった3月、豪雨なかこの駅の周辺を歩いてみると、地元の駅として定着している無人駅の姿が垣間見えた。

JR可部線の電化延伸区間は、可部駅と荒下県営住宅跡地の間、1.6kmで計画された。

延伸開業後は、荒下県営住宅跡地があき亀山駅に、新可部駅という中間駅の仮称が河戸帆待川駅として開業。あわせて、線路を横切る道の踏切が3か所出現した。

最も新しい無人駅のいま

河戸帆待川駅の駅舎は、県道267号や大型商業施設、広島市安佐北区役所がある北側をむく。

ホームは4両対応、延長85m。駅名に含まれる帆待川は、ホームの下を流れている。

豪雨のなか、列車がやってくる時間になると、あちこちからクルマがやってくる。下校する中高生を待つ母親、祖母を病院へと送る男性。

踏切の音がかすかに聞こえてくると、単式ホームにするすると227系が入ってくる。電車から降りてきたひとりの男性は、県道沿いにある食堂へと入っていった。

晴れた日は、神武天皇ゆかりの聖なる川といわれる帆待川のほとりを歩くのもいい。

駅の北側には、古民家を改修した地域コミュニティスペース、まちづくり四日市役場。南側には、帆待川がそそぐ太田川がゆったりと流れている。

線路は、あき亀山駅までほぼ一直線に延びる。もう少し、線路脇を歩いてみる。

河戸帆待川駅の由来

(駅前のモニュメントから抜粋)

初代天皇、神武天皇が日向の国から遠征のおり、安芸国に行宮されました。その場所を埃宮と言い、その地が可部の庄の四日市あたりと伝承されています。

この地に流れる川に、帆待川があり別名帆巻川とも言われます。

伝承によると天皇は行宮に際し、当時の海岸にそそぐ川、帆待川を遡り舟山のふもとに舟を繋ぎ、この山に登ったと伝えられ別名を貴舟山を古称されていました。

また、帆待川は、可部川と落ち合い、太田川への通舟の重要な河川となっておりました。

河戸帆待川駅名は、この帆待川からの由来であります。

平成二十九年三月四日