新夕張〜夕張間は1892年(明治25年)に開通した。夕張炭鉱の石炭を室蘭港に輸送するためだったが、石炭産業は衰退しモータリゼーションの普及によって鉄道としての役割がなくなってしまった。

結局、我々は鉄道インフラを効率(経済)という視点からしか判断できない。

それには理由がある。鉄道インフラがそもそも日本の近代化推進装置として設置されてきたのだからである。その誕生の仕組みから期される役割は自ずと限定される。

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しかし、既に近代化は終焉し、ポスト・モダンすら話題にもならない時代だ。

1960年代の炭鉱最盛期の夕張市の人口は11万7千人、それが2016年には9千人を割り込んだ。夕張は山間地で農業には向かない場所だ。石炭産業が無ければ10万人の人口を支える手段がない。夕張メロンで10万人は無理なのだ。人口が10分の1以下に減少したら鉄道利用者も当然激減する。
夕張駅

実は石炭産業が無くなったことが鰊漁の衰退と相まって北海道の人口減少の大きな要因だ。石炭と鰊漁が支えた人口が宙に浮いてしまったのだ。そして北海道は寒冷地である。大規模農業を展開するには広大な農地が必要だが、例えば夕張エリアの多くの部分が山間地だ。
夕張支線沿線

写真は2014年3月末に撮影した夕張駅の写真だが、列車から流れる水が凍っている。
3月末でも凍る

沿線の写真もご覧の通り。美しい風景として眺めるには良いが、およそ農業には向いているとは思えない。5月まで雪が残るというのだ。
夕張支線沿線

新夕張〜夕張間の輸送密度もJR北海道開業時から10分の1に減っている。

それ以上に問題なのが、120年前に作られた鉄道の設備の老朽化だ。トンネルや橋梁が経年劣化を起こし大規模な改修が必要になっている。現状のままでも年間2億円近い赤字を出しているこの路線に、莫大な改修コストはかけられない。

一方で、人間の人生は短く欲望は短絡的だ。

老後を便利な都市部で過ごしたいという高齢者が多い。病院に通うにも便利だし、食事はコンビニで簡便に済ませる。

この様な趨勢で人口の希薄化するエリアに住もうというのは極端なマイノリティーだろう。地質学的な時間で見れば北海道はゆっくりと原野に戻っていくのかもしれない。そして狩猟を中心とした僅かな人口を支える近代以前のスタイルに復する。

鉄道インフラの役割が、例えば同じ様に廃止を噂される島根県・広島県の人口希薄エリアを走る三江線にも当てはまる。もちろん巨大な石炭産業や鰊漁が地域を支えてきたワケではないが、モータリゼーション以前の移動手段としての役割が不要となってしまったのだ。しかも高齢化と人口希薄化は全国的に進んでゆく。

日本列島をコンクリートで塗り固めるという「日本列島改造論」が懐かしい。未だ近代化という文脈が社会を動かすことが出来たのだ。しかし、もう社会の欲望の方向は大きく舵を切ってしまった。

筆者はこの7月末から8月にかけて多くのローカルな私鉄に乗ってきた。その殆どが旧国鉄の特定地方交通線が第三セクター化されたものだった。これらの路線でも鉄道インフラの役割と沿線の社会的動態が矛盾を抱えている。

実は自宅の前をコミュニティー・バスが1時間に2本運行されている。元々は駅周辺の無秩序な駐輪を減らす手段として始まったバス巡回だった。

しかし、国分寺崖線の下に広がるエリアからJR駅に行くには傾斜のきつい坂が必ずあるので、実際は多くの高齢者が利用している。極端な場合、坂の下から乗って坂の上で降りる年寄りもいるのだ。

このコミュニティー・バスが108.1kmもの距離を走る三江線を代替できるとは思わないが、病院や買い物の手段を持たない交通弱者の高齢者や通学の生徒たちを運ぶ手段は必要なのだ。拙宅前を通るコミュニティー・バスの運転士さんは老人の顔と自宅を覚えていて「今日は買い物?」「病院、どうだった?」などと優しく声をかけている。この様なきめ細かなサービスが高齢者を元気にしている。乗り合わせた住民も優しい気持ちを共有する。

一方で、例えば、筆者の様に大阪で生まれ東京で育った人間には田舎暮らしは夢想的魅力がある。雑踏の嫌いな、都会の暮らしにウンザリしている人々を過疎化の進むエリアに補助付で住まわせたら良いのではないかと思う。レイドバックへの郷愁は世界共通だ。

もはや日用品は言うに及ばず、最新のCDや洋書ですら買い物はネットで済んでしまうのだから、日常の食料品さえ手当出来れば、それ程無理な話では無いような気もする。

放っておいても社会構造の転換は進む。未だに近代化の”価値観”で経済発展を語ることに、もはや意味はない。

細々と閑かで上品な田舎暮らしを仕組みとして可能にしてゆくことが、100年後、グローバリゼーションの破綻した世界全体の在り方に一つの大きな救いを与えられるかもしれないではないか。

9月に改めて、新夕張〜夕張間、留萌〜増毛間、そして新十津川〜北海道医療大学間に乗って来ようと計画している。廃線への予めの郷愁かもしれない。しかし新十津川駅前に並ぶ住宅街を見ながら、また何か考えが浮かぶかもしれない。

(写真・記事/住田至朗)