なんでこんなに光が違うの?【非電化路線に乗ろう03】男鹿線 その4

2019.12.01

トップ画像は秋田駅でのキハ40系 とにかく近い将来姿を消してしまう「気動車男鹿線色」を1枚でも多く記録しておきたいのです。

駅名標。駅所在地が秋田県潟上市天王。1956年(昭和31年)開業なので筆者とタメ年です。(笑)
当時は南秋田郡天王村でした。まだ八郎潟は干拓工事前でした。その頃の駅周辺をゆっくり散歩してみたいな。干拓前の八郎潟周辺の自然も見てみたい。

天王駅でもパラパラと降りるお客さんたち。

天王駅を出ると、すぐに船越水道(馬場目川)を渡ります。八郎潟の南側に広がる調整池から唯一の流出河川です。

海面との高低差が少なく、八郎潟は、元々は汽水湖でしたが、調整池を含め干拓地の周囲に広がるかつての湖面の残り「東部承水路」「西部承水路」は農業用水として使われるため、塩水はNGです。そこで防潮水門で海水の流入を防いでいます。汽水湖の多様な生物相は失われてしまったのです。

※翌4月4日撮影

日本海側、手前が県道104号線の橋梁、奥の大きな橋は国道101号線です。

同じタイミングで撮っていますが、上の写真と比べて、なんでこんなに光と水の色が違うのでしょうか。空の色を反射しているからだとは思いますが、実際に撮影した者としても不思議な現象です。

※翌4月4日撮影

船越水道を渡ると左に大きくカーブして少し南下します。

天王駅から1.7kmで船越駅。男鹿線で最も短い駅間です。線路の形を見れば、明らかに、かつては島式ホーム1面2線だったことが分かります。

今は単式ホームで、線路を撤去した跡に1999年(平成11年)に新しく駅舎が建てられています。島式ホーム1面2線時代の線路は中途半端な長さで突然終わっています。

駅舎には、2010年(平成22年)までJR東日本系列のコンビニ(NEWDAYS)が併設されていました。

※翌4月4日撮影

駅名標。1914年(大正3年)旧国鉄の駅として開業。背景の時計台みたいな建物は個人住宅? 調べたら「連合秋田 男鹿潟上南秋地区連絡会」という表札と左側には恵比寿食堂が入っていました。その左には旅館があります。

列車からは学生さんたちがたくさん降りました。じちらは後側、秋田駅側になります。

こちらは男鹿方面。ホームが一段低くなって伸びています。いささか古いかな。今は使われていない様です。

ノンビリ男鹿駅に向かいます。この駅から先は市街地はなくなり自然の中を進んでゆくことになります。

では、【非電化路線に乗ろう03】男鹿線 その5 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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