西武多摩川線沿線の12年前と今を描き出す『我らが少女A』――鉄道ミステリを読む【007】

2019.07.14

“電車は、六、七年前まではあか抜けしない丸っこい黄色い車両、それ以前はさらに無骨な赤とベージュの車両だった。いまは白い新一○一系になっているが、この西武多摩川線に回ってくるのは東京都西部から埼玉県南西部を走るほかの路線で使い古された車両と決まっている。路線は多摩川の砂利を運んでいた百年前のままの単線で、JR中央線に乗り入れている始発駅の武蔵境から終点の是政まで六駅、全長は八キロと短い。しかも西武鉄道のほかの路線との接続がないため、路線の延伸はたびたび話題になるが、一向に具体化する様子はない。”

もうすぐ発売となる合田雄一郎シリーズの最新作『我らが少女A』の舞台となる西武多摩川線沿の描写です。

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本作は武蔵野の描写から始まり、西武多摩川線を映し、そして多磨駅の駅係員である小野雄太の視点へと乗り移ります。多磨駅を行きかう”いつもの人々”の中には、彼が一二年前の事件で知り合った合田雄一郎の、そしてかつて小野が密かに気にしていた同級生の少女――上田朱美――を彷彿とさせるような、モデルばりに美しい外大生の姿がありました。しかし本作では小野と朱美が再会することはありません。この物語は上田朱美の死によって始まるからです。

彼女の最期自体はただひたすらに呆気なく、同棲していた男に殺されてしまうだけの空しい事件に過ぎませんでした。しかし男がぽろっとこぼした一言により、上田朱美が一二年前の美術教師の死と関わりがあったことが判明すると、事件はがらりと様相を変えてしまいます。その美術教師の死を追っていたのが、本作の”脇役”の一人である合田雄一郎その人でした。

シリーズの顔とも言えるキャラクターを”脇役”と評するのはいささか違和感がありますが、しかしそうとしか言いようがないのです。二〇一七年の合田は警察大学校の教授であり、過去の事件を掘り起こそうとはするものの、作品全体を駆動するほどの役割を与えられてはいません。本作はあくまで群像劇で、合田は役者の一人に過ぎません。

前述の小野雄太もしかり。一二年前に死んだ美術教師の孫にして上田朱美の友人であった佐倉真弓もそう。真弓の母の雪子や朱美の母の亜沙子も、朱美をストーキングしていた浅井忍も、かつて朱美の恋人であった玉置悠一も、誰もが一二年前の事件を通じて亡くなった「少女A」を語ります。

・女優志望だった少女
・燃焼系~のCMに影響されて宙返りをする少女
・ゲームセンターに入り浸り『太鼓の達人』を叩いていた少女
・毎日遅くなるまで自転車を乗り回していたのに、突然スケッチブックを広げて絵を描き始めた娘
・ドラクエの予告映像で見た女武闘家のような女
…………

回想と対話の中でかつての上田朱美の姿は立体的に描き出されます。作中に直接は登場しない死者を外堀だけを徹底して埋めることで浮き上がらせるという技法は、ダフネ・デュ・モーリアの『レベッカ』などの先行作にも見られるもので、本作は時代に飲み込まれた不幸な援交少女――それこそ一九八〇年代終わり頃に生まれた世代を様々な立場から描くために、警察小説の体裁を拝借しているように感じられました。

逆に言えば、本作は死を起点とするパズルを解くことに主眼を置いていません。大事なのは「少女A」という共同幻想と、西武多摩川線沿線沿いの街(三鷹市、小金井市、府中市、調布市……)を事件関係者らの口を通じて語らせることで、事件はあくまであの土地に生きる人々のあり方を剔抉するための小道具に過ぎません。

“いったいどうしてこうなる。恐ろしいのは、そんなに重大な内容だったはずもない祖母の手紙一つが、いまごろこうして不気味な姿になって甦ってきたことだろうか。それとも、どこに焦点があるのかいま一つ分からない警察の捜査線上に、いまごろ朱美の母親の名前が挙がってくることだろうか。いいえ、十二年も真相の分からなかった事件のヴェールがここへ来て突然剝がれ落ち、何かが現れること、そのことが恐ろしいのだろうと真弓は気づく。小説や映画で、名探偵が得々として真犯人はおまえだと言い放つのとは違って、本ものの事件が暴く事実の一つひとつ、現実の一つひとつが自分たち身近な人間の皮膚を剝ぎ、臓腑をえぐる。何か新しい事実が分かっても、少しも嬉しくない。真相など分からないほうがいい。”

“二〇〇五年のクリスマスに東中の美術の先生だった人が野川公園で殺された事件、覚えておられます? 警察は私ら教え子が何か知っていると思っているらしいけど、テレビドラマと違って、本ものの事件は話の一つ一つがリアルすぎるというか、マジで怖いっすよ。同級生の誰それが、いつどこで何をしたとか、何を言っていたとか。チクったり、チクられたりするうちに自分の世界が変形してしまっていて、元には戻らないんです――。”

事件を通じて変化していく登場人物達と、舞台となった街――ハードカバーで五〇〇ページ以上に渡り展開される過去と今に圧殺されそうになりながら読み進めていきました。個人的には連載中(二〇一七年八月一日~二〇一八年七月三十一日)に閉店した府中のアルカスが出てくるのが懐かしくもあり、あの辺りに暮らしていた人や、そのリアルに興味がある人なら楽しめる部分も多い作品になるでしょう。

TAGS 西武


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