ラピート、はるか、スーパーはくと……特急を利用したアリバイ崩しの中編『白い兎が逃げる』――鉄道ミステリを読む【010】

2019.10.06

“「ハクト海岸というと……もしかして、〈スーパーはくと〉という名前は、そこから採ってるんですか?」
 警部補が尋ねる。
「ええ、そうですよ。白い兎と書いて、はくと。『古事記』に出てくる大国主と因幡の白兎の舞台とされている景勝地です。兎が渡った淤岐島(おきのしま)まで岩が規則的に並んでいるのがよく見えます。その岩を、騙されて整列したワニに見立てているわけです。近くには白兎神社があって――」
 清水伶奈が創作に打ち込むために赴いた先で、白い兎の伝説が待っていたのか。そこへ彼女を運んだ列車の名前も〈はくと〉というのだから、念が入っている。
 いや、待てよ。南海電鉄の名物特急である〈ラピート〉の名は、〈速い〉を意味するドイツ語に由来するらしいが、英語のラビットとも響きがにている。兎だらけだ。事件の周りを、何羽もの兎がぴょんぴょんと飛び回っている。”

「白い兎が逃げる」は『月光ゲーム』でデビューした有栖川有栖の手がけた鉄道ミステリです。「週刊アスキー」で二〇〇三年七月二十九日号~二〇〇三年一一月十八日号まで連載されたもので、過去にミステリー雑誌「ジャーロ」に掲載された「不在の証明」「地下室の処刑」「比類のない神々しいような瞬間」とあわせて2003年11月にカッパノベルスから刊行されました。筆者の手元にあるのは2007年1月に刊行された文庫版。

デビュー作『月光ゲーム』から始まる学生アリスシリーズではなく、推理作家有栖川有栖を語り手とする作家アリスシリーズに分類される作品です。探偵役の犯罪学者・火村英生と語り手にしてワトスン役の推理作家・有栖川有栖が謎解きに挑みます(※作者と同名の登場人物が語り手になるのはミステリ業界ではよくあることなので気にしないでください)。

本書自体はアリバイ崩しやダイイングメッセージなど本格ミステリにありがちな要素を扱った中・短編集であり、個人的には「比類のない神々しいような瞬間」が一番面白いと思うのですが、鉄道チャンネル的にはやはりいろんな特急列車が出てくる「白い兎が逃げる」を取り上げるべきでしょう。あらすじはこんな感じ。

“劇団〈ワープシアター〉の看板女優清水伶奈は「ハチヤ」と名乗るストーカーに付きまとわれていた。劇団の脚本家亀井名月は、先輩女優の伊能真亜子とともに不届きなストーカー男を罠に嵌めるため、特急列車を利用した『ゲーム』を思いつく。ストーカーを清水伶奈から引き離すことに成功した一行だが、後日ハチヤは遺体となって発見される

作中でも触れられますが、ストーカー規制法が成立したのが2000年のことですから、当時としてはかなりホットな題材だったろうと思います。それはさておき、このストーカー撃退ゲームの中で大きな役割を果たすのがラピート、はるか、そしてスーパーはくとなどの特急列車たち。

関空特急であるラピートやはるかの運転が始まったのは1994年9月4日、関空開業と同時。今年25周年を迎えるということでつい先日まで様々なイベントを実施していましたね。スーパーはくとはそれからおよそ三か月後の1994年12月3日に運行を開始します。

作中の時間軸ではそろそろ十年選手になろうかという列車たちですが、これらの運行ダイヤを軸に不在証明のパズルを解いていくのが本作の醍醐味です。関空特急を使うということで鉄道ミステリを読み慣れている方は「アレ」を使うのかな、使うんだろうな……と不安を抱いてしまうかもしれませんが、作者があとがきで否定している通り、本作では空港が絡むものの「アレ」は使いません。

判明すると「なんだそんな……」と苦笑するような簡単な謎なのですが、コロンブスの卵だって最初に立てるのは難しいもので筆者には分かりませんでした。ちなみに列車の運転時刻については「JR時刻表」二〇〇三年二月号を使用しているとのことで、興味のある方は挑戦してみてください。

文/写真:一橋正浩

2019年10月17日追記:タイトルの連番を間違えていたので【010】に修正しました。


LINEで送る

オススメ記事

こちらの記事もオススメです