駅の歴史が複雑過ぎます【駅ぶら01】小田急線69

2020.01.11

実は、JR常磐線のE233に乗って隣の厚木駅に行きました。ところが車両の前面ガラスがヒドく汚くて、写真が使い物にならなかったのです。ソレで日を改めて撮りに行きましたが、生憎の曇天。でも前面ガラスはそれ程汚れていなかったので助かりました。

本厚木駅は高架線上にあります。信号が青に変わりました。下り列車が入って来るのと入れ違いです。

相模川橋梁が見えてきました。

気になったのは。右に旧橋梁と線路をつなぎ替えた跡の様な膨らみが残っています。

相模川橋梁は、小田原線開通時に架けられたオリジナルの橋梁ではありません。1971年(昭和46年)に新たに架けられた橋です。旧橋梁は撤去されましたが橋脚が二箇所残っています。

現在の橋は、全長410.0m。中央部がワーレントラス橋になっています。トラス構体の上部を鋼材で接続しているので連続トラス橋の様にも見えます。

実は相模川を渡るとすぐに頭上を圏央道が横切っています。

本厚木駅から1.3kmで厚木駅。相対式ホーム2面2線ですが跨線橋はありません。

上りホーム新宿寄りから小田原方面を見ています。

上りホームを端まで小田原側に歩いて、今度は新宿方面を見ています。

小田原側を見ると圏央道の向こうに相模川橋梁が見えます。

駅名標。この駅の歴史は複雑です。1926年(大正15年/昭和元年)神中鉄道線(現・相鉄厚木線)厚木駅から二俣川駅間開業。この厚木駅が、当初は相模川の厚木側まで伸ばされる予定でしたが、神中鉄道の資金不足で相模川の手前、海老名市側に設置されたのです。しかし、当時海老名は寒村であったため、エリアの中心地であった厚木を名のった様です。この厚木駅は1941年(昭和16年)神中鉄道海老名駅開業にともない旅客営業を廃止しました。1926年(大正15年/昭和元年)には相模鉄道(現・JR相模線)厚木駅も開業しました。

翌1927年(昭和2年)小田急小田原線が開通、駅が設置されました。当初は駅所在地の大字であった河原口が駅名になりました。戦時下の私鉄統合で小田急は大東急に吸収合併されます。1943年(昭和18年)には相模鉄道が大東急の主管で神中鉄道を合併。1944年(昭和19年)相模鉄道相模線が国有化され国鉄相模線になりました。この辺りがよく分かっていないのですが、国鉄になった相模線が新たに大東急(実質は小田急)の河原口駅の改札を共同使用することになり河原口駅は厚木駅に改称されました。

戦後、大東急から小田急電鉄が分離し再発足。1971年(昭和46年)相模川橋梁架け替え工事完成。新駅舎に移行しました。2014年(平成26年)小田急と相模線乗り換え通路に自動改札が設置されました。

できるだけ分かり易く簡略化しましたが、書いている筆者が100%理解できていません。上記に加えて、相模川で採取した砂利を輸送する専用線や、戦時中に現在の小田急小田原線とJR相模線を結ぶ短絡線が国家の命で建設されたり、海老名駅から伸びている相模鉄道の厚木操車場から小野田セメントへの専用線が敷かれたり、などなど複雑過ぎます。

長くなったので、続きは次回にします。

【駅ぶら01】小田急線70 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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