岸谷一族の巣窟?(笑)【駅ぶら03】京浜急行35

2020.05.06

トップ画像は、生麦駅南西側踏切を通過する都営地下鉄車両。かなりの速度で迫力あったなぁ。

安養寺を出ます。山門の内側から、右は水盤舎だったと思います。ピカピカの自動車にちょっぴり違和感を覚えちゃいますね。

生麦駅前通りを生麦駅の方に戻ります。この辺り「岸谷」と付くお店や集合住宅が多いので、さては岸谷一族の巣窟かと思ったのですが、地図をみたら線路のこちら側の地名が岸谷でした。不思議なのは横浜市立岸谷小学校の西側に、横浜市立生麦中学校があるのです。両校とも所在地は、横浜市鶴見区岸谷です。

踏切、朝と夕方は車両進入禁止なのですね。

踏切の脇に「生見尾踏切 安全対策ニュース」が掲出されていました。内容は「バリアフリー化した人道橋を作って踏切の廃止を考えているが地域住民の反対もあるので引き続き話し合う」というもの。ここで生見尾踏切は京急線の踏切を含まないものの様です。

京急生麦駅西口から伸びる跨線人道橋。東海道貨物線が少し高架になっているので段差があります。その向こう、京急生麦駅の橋上駅舎、コンコースが長いのが分かります。

今越えているのは横須賀線・京浜東北線の踏切。その向こうは東海道本線の踏切。中途半端な高さの東海道貨物線も見えます。

向こう側の京急線の踏切が閉まって列車が通過しています。

空頭?初めてこの言葉を見ました。調べるとどうやら頭上の余地、橋桁の下をくぐれる高さ制限値のことらしい。東海道貨物線の高架(生麦架道橋)下の高さが1m90cmという意味らしいのです。

余談です。昭和44年(1969年)と言えば、ニクソンが米大統領になって、東大は安田講堂攻防戦で入試が中止になったコトを庄司薫が『赤頭巾ちゃん気をつけて』に書いて芥川賞を取り、筆者は高校受験をほったらかして父親の講読していた文藝春秋で『赤頭巾ちゃん気をつけて』を読んだ年でした。『ライ麦畑』と似てるとは思わなかった。だって薫クンは基本的にインテリ志向だもん。少し前に奥様のピアニスト中村紘子さんが亡くなってしまいましたね。この年セブンスターが発売されたけどまだ流石に喫煙の習慣はありませんでした。アポロ11号が月面着陸した夜は中学校の夏期合宿で杉並区の富士学園にいて教師と生徒が深夜までテレビにかじりついていました。

オー、モーレツな1969年。

閑話休題。

面白いのはJR線と京急線の間にマンションが建っていて一階に「ふみきり歯科」があります。確かに踏切を渡らないと通院できませんが、ネーミング直截過ぎ?(笑)

反対側にはちょっとレトロな感じの洋品店。横は京急の踏切です。

トップ画像の都営地下鉄車両が通過しました。女子校生諸君が何やら楽しそうでした。若いって、良いなぁ。空気まで華やいで軽くなります。

駅前の「そばっ晴」が気になりましたが、支度中でした。残念。

凄惨な生麦事件から離れて少し麗らかな気分で次の駅に向かいます。

【駅ぶら03】京浜急行36 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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