霊験あらたかな小児せき之塚があります【駅ぶら03】京浜急行108

2020.07.19

トップ画像は、京急逗子線六浦駅南口側から見た駅舎と出発した下り電車。

上りホームの金沢八景寄りから金沢八景方面を見ています。

この先に三線軌条でも極めてユニークなポイントがあります。

同じ場所から新逗子方向。

上りホームを新逗子側に行って金沢八景方面です。

こちらは新逗子方面。跨線橋、手前がホームのバリアフリー用エレベーター、奥は階段とエスカレーターの付いた橋上駅舎。

こちら側にも三線軌条の特殊なポイントがあります。ここまで狭軌は、標準軌の左レールを使ってきましたが、この先、駅ホームとの干渉を嫌って駅の部分だけ標準軌の右レール側に移るのです。三線軌条も珍しいですが、このポイントは例えば箱根登山鉄道と小田急線の三線軌条区間でも見たことはありません。

ここからは筆者の想像ですが、仮台車で甲種輸送される京浜急行や京成電鉄、北総鉄道の標準軌車両の場合に不都合があるのでしょうか。むしろ、狭軌車両の台車と車両限界の関係が標準軌車両の車両限界と異なるからでしょうか。

ちなみに上で見た様に六浦駅の先で三線軌条はまた標準軌の左レール側に戻ります。金沢八景駅では4番ホーム、つまりホームが右側なので総合車両製作所への引き込み線までこの先は変わりません。

駅名標。1943年(昭和18年)戦時下の私鉄統合の大東急時代、海軍関係者の専用駅「六浦荘仮駅」として現在よりも500m逗子寄りに作られました。詳しくは分かりませんが1942年(昭和17年)海軍の「谷戸田充填所」が設置され、その関係者用の仮駅だった様です。戦後、海軍施設は米軍に接収されます。駅は1949年(昭和24年)現在の場所で六浦駅として開業され、仮駅は廃止されました。1970年(昭和45年)橋上駅舎化されます。2010年(平成22年)からエアポート急行停車駅です。

橋上駅舎に上がり改札口です。「Keikyu St2」が設けられています。

まずは東口にでてきました。県道205号金沢逗子線に面しています。

県道を西、六浦駅前郵便局方向に行きます。

右側に以前から気になっていた「小児せき之塚」があります。

小児せき之塚とだけ書かれています。ネットなどで調べても「謎」とされています。

しかし、裏側にちゃんと「由来」が記されていました。そのまま写します。

建設由来

六浦荘村三分土木請負業鈴木傳吉

ノ孫福枝ニハ時々せきノ為ニクル

シメラレ其度毎二此所二参リ

祈願シタルニ不思議二モ平癒著ル

シ同せき二苦シム人ハ祈願シ利益

ヲ蒙ラレタシ

大正十五年三月 願主 鈴木傳吉

六浦荘村は、明治22年(1889年)町村制施行で三分村、釜利谷村、泥亀新田飛地が合併してできています。その六浦荘村の(たぶん大字)三分に住む鈴木傳吉さんの孫が咳に苦しんでいましたが、その度にこの場所にお参りしたらとても効験があり治ったので、孫と同じ様に咳に苦しむ人は祈願して利益(りやく)を受けられるのが良いでしょう、という内容です。大正15年(1926年)3月という日付があります。まだ湘南電気鉄道によって現在の逗子線が敷かれる以前の話です。その年の12月25日から昭和元年。分からないのは「何故 この場所に参ったのか」です。特に神社があったということでもなさそうです。鈴木傳吉さんに特殊な感受性があって「霊験あらたか」な地霊と交信できたのでしょうか。

駅の西口に行きました。

京急線に沿う様に主に飲食店が並んでいます。

トップ画像と同じ場所です。橋上駅舎と駅出入口用エレベーターが見えます。

逗子線は次の金沢八景駅までです。

【駅ぶら03】京浜急行109 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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