光学機器メーカー「HOYA」は保谷が創業の地【駅ぶら04】西武池袋線031

2020.10.08

※2020年8月撮影

トップ画像は、保谷駅上りホームを出発する準急池袋行。ちなみに準急は、池袋駅・練馬駅・石神井公園駅と、石神井公園駅~飯能駅間・西武球場前駅間の各駅に停車します。

前面展望は、大泉学園駅を出たカーブから。左下に見える「大泉架道橋」とは何でしょう。

※2020年6月撮影

左カーブから直線になります。いったん下って、また少し上って行く様に見えます。

※2020年6月撮影

下りきった辺りですが勾配標が見当たらないので「上り」に見えたのは眼の錯覚でしょうか。

※2020年6月撮影

駅の部分でまた下っている様にも見えます。

※2020年6月撮影

大泉学園駅から1.6kmで保谷駅。下り側島式ホーム1面2線と上り線に単式ホームの2面3線。

島式ホームの右2番ホームは当駅止まり列車の折返し運転や通過待ちに使われる様です。元町・中華街行の東急5050系電車が前照灯を点けて停まっています。

※2020年6月撮影

筆者の乗る各駅停車飯能行は3番ホームに入ります。ホームがまた微妙にS字カーブしています。

※2020年6月撮影

保谷駅の飯能・秩父側に電車留置線が2本あります。この駅で折り返す列車が電留線にいったん入るのです。

※2020年6月撮影

ここからは【駅ぶら】カットです。上りホームから飯能・秩父方面を見ています。橋上駅舎が見えます。ちょっと特徴的なアーチ形の窓。

※2020年8月撮影

トップ画像からちょっと後のカットです。筆者の降りた準急池袋行が出ていきました。

※2020年8月撮影

下りホームの駅名標。保谷駅から西東京市に入りました。

※2020年8月撮影

保谷駅は、1915年(大正4年)開業。1964年(昭和39年)橋上駅舎化で構内踏切廃止。北口が開設されました。1991年(平成3年)現在の駅舎になりました。2009年(平成21年)「Emio保谷」リニューアルオープン。2010年(平成22年)新しい上り単式ホーム3番線使用開始。同時に旧上りホーム2番線が使用停止。2011年(平成23年)駅改良工事完了。2番線が使用再開しに2面3線の駅構造になりました。

橋上駅舎に上がって改札口です。改札口の正面が「Emio保谷」。

※2020年8月撮影

南北自由通路から改札口。「TOMONY」があります。

※2020年8月撮影

筆者はベタに乗っていますが、コラムを読んでくださる方には「西武池袋線のどの辺りにいるのか」こちらをご覧いただくと分かり易いですね。右の池袋駅から11駅目です。西武秩父駅までは23駅、西武池袋線のほぼ3分の1といった辺りです。

※2020年8月撮影

では南口方面に行きます。タイトルは「ほぼ余談」ですが、2001年(平成13年)に西東京市が誕生するまでは、保谷市と田無市でした。筆者などは「西東京市」と言われてもピンと来ません。保谷市、田無市ならアバウトですがエリアがイメージできます。免許をとった直後、道路マップを片手にこの辺りを走り回っていたからです。

保谷の名は、西武池袋線の駅と地名(保谷町など)と光学機器メーカーのHOYAに残されています。HOYAはペンタックスを子会社化・吸収合併した大企業です。

私事で恐縮ですが、筆者はHOYAのメガネフレーム(エアリアル)を色別に6色ほど購入していた時期があります。ネクタイとメガネフレームと腕時計の色を5パターン揃えていました。サラリーマンはスーツですから、そのくらいしか遊べないのです。メガネフレームも2色を一度にオーダーすれば左右のフレーム色を変えられました。アホですね。

最近のフレームは”Zoff”です。(笑)

【駅ぶら04】西武池袋線032 に続きます。

(写真・文章/住田至朗)


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