【鉄の本棚 17】小説を、映画を、鉄道が走る 川本三郎 2014年10月 集英社文庫

2017.03.08

小説を、映画を、鉄道が走る 川本三郎

とにかく一読して、その引用の豊富さに圧倒される。本を読むプロの文芸評論家と肩を列べる気はさらさらないが、自分がいかに本を読んでいないか、映画を見ていないかを痛感させられる一冊。言い換えると、豊富な引用で数多くの小説や映画に登場する鉄道の姿を堪能できる。

登場する鉄道は主に昭和30年代、モータリゼーション到来直前、鉄道が民衆の足として十全に機能していた時代の姿である。今やレトロな趣のする鉄道のあり方が小説や映画の中から丁寧に引き出され、力走している。

そして著者が作品中に現れた鉄道に実際に乗りに行く場面もあるので現在の姿も味わうことができる。

まず、ほぼ絶滅してしまった夜行列車が実に多く登場する。安価な深夜バスが登場する前の時代なのである。

何度も取り上げられる作家が松本清張であり林芙美子である。この二人の作家は実際に鉄道旅が好きだった。だから作品中にリアルな鉄道旅が描かれている。松本清張の『張込み』では1958年の野村芳太郎監督による映画も同時に取り上げられている。二人の刑事が横浜から23時に出る「急行薩摩」に乗り佐賀までゆく夜行列車の車内が懐かしい。廃止された宮原線の貴重な映像も残されている。『砂の器』『点と線』などの作品でも鉄道が大きな役割を担っている。

木次線の亀嵩駅は『砂の器』で一躍有名になった。今行っても駅舎には美味しい手打ち蕎麦の店が入っているが、周囲はひどく長閑で不必要な位に静かな場所だ。

昭和39年東京オリンピック建設にわく東京を舞台にした奥田英朗の『オリンピックの身代金』では、主人公の兄が出稼ぎのオリンピック工事現場で亡くなる。下請けの下請け、孫請けの土木現場では16時間の労働が当たり前だった時代。兄の遺骨を持って主人公は上野から22時15分発の夜行列車「第2おが」に乗り特急列車で11時間をかけ秋田に帰郷する。今なら新幹線で3時間46分だ。

一九八〇年代、一億総中流社会といわれていた頃、貧困や格差を主題とする清張作品はもう古いとされた。しかし、いま、結局は一億総中産階級など幻想に過ぎなかったと明らかになり、清張作品がまた力を持ってきている。 単行本 p.24

著者は昭和30年代には地方駅の駅前にも必ず駅前食堂があったことを懐かしむ。『砂の器』で二人の刑事は上野を21時に出る秋田行急行「羽黒」に乗り羽後本荘で各駅停車に乗り換え羽後亀田に13時間かけてやってくる。朝の10時、二人は羽後亀田の駅前食堂で食事をする。

こんな駅前食堂はどこにでもあった様な気がするが、最近青春18きっぷで旅をしてローカル線の乗り換え駅を降りると食堂どころか自販機しかないことに驚く。少し大きな駅で降りればファストフードのチェーン店ばかりが並ぶ。

夜になれば居酒屋も同じチェーン店ばかりなので北海道と九州の違いが分からなくなる。今や季節感もご当地の名物もチェーン店の全国均一の安価なメニューの影に霞んでしまう。確かに安上がりだが何やらブロイラーになった様な気分になる。

とにかく引用が豊富で、読んでいて懐かしい情景が多出する。昭和30年代、日本はまだまだ貧しかった。集団就職や高度成長の光景がモノクロ写真の様に列ぶ。我々の今、現在はその時間の上に成り立っている。むしろ平成生まれの人には不思議なワンダーランドの様に写るかもしれない。

章立てと内容を写しておく。内容が多岐に渡り、かつ情緒たっぷりなことが想像していただけるだろう。

1 夜行列車の詩情と悲しみ 松本清張『張込み』奥田英朗『オリンピックの身代金』

2 列車で食べる弁当はうまい、列車から見える海は美しい 恩田陸『三月は深き紅の淵を』石井桃子『幻の朱い実』

3 思い立った時に汽車に乗る 林芙美子の自由な旅 林芙美子『放浪記』つげ義春『海辺の叙景』

4 林芙美子は鉄道旅が好きだった 林芙美子『房州白浜海岸』田宮虎彦『銀心中』

5 森林鉄道が走っていたころ 水上勉『飢餓海峡』

6 北海道から鉄道が消えてゆく 佐藤泰志『海炭市叙景』島田荘司『奇想、天を動かす』

7 戦時中も鉄道は走った 吉村昭『東京の戦争』加賀乙彦『永遠の都』

8 少年たちも鉄道に乗る 山本有三『路傍の石』佐野美津男『浮浪児の栄光/戦後無宿』

9 高千穂鉄道への旅 内田百閒『阿房列車』内田康夫『高千穂伝説殺人事件』

10 幻想は馬車に乗って 稲見一良『花見川の要塞』中村弦『ロスト・トレイン』

11 路面電車でゆっくりと 永井荷風『深川の唄』堀江敏幸『いつか王子駅で』

12 中央本線各駅停車に乗る楽しみ 井伏鱒二『荻窪風土記』松本清張『黒い樹海』

13 石炭を積んで鉄道は走った 五所平之助『挽歌』木山捷平『斜里の白雪』

14 忘れられない小さな駅とローカルの鉄道 鮎川哲也『沈黙の函』島田荘司『火刑都市』

15 汽車の出発、駅の別れ 芥川龍之介『蜜柑』吉田秋生『海街 diary』

筆者は川本三郎ファンなので文句なく楽しめたが、必ずしも書籍や映画に通じていなくても十分に面白く読める。少なくとも筆者は上記1〜15に列べられた書籍で読んだものなど、ほんの数冊程度だ。そして、引用された書物や映画が必ず見たくなる。

要は強い郷愁をおぼえるのである。それも本人が直接体験したというよりも映画や書物の中で過ごした昭和という時間に対しての抽象的な郷愁。

そーいう意味では関川夏央さんと通底する部分もあるが、川本さんのウエットさとドライさが関川さんとまるっきり異なる方向なのだ。どちらの作家も好きだが、おそらく川本さんの方が向陽的で穏やかだ。年齢的に川本さんの方が5歳ほど年長だからかもしれない。

言うならば川本さんは60年代的に昏くラディカルだが力強く、関川さんは70年代的にキラキラと自閉的に脆弱なのだ。って、そんなに単純な二人じゃないですけれどね。

※筆者はこの本を2011年刊行の単行本で所有しているので内容はこちらに準じている。


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