朝日将軍木曾義仲が平家討伐の旗挙を行った地【木造駅舎カタログ】中央本線13/240 宮ノ越駅

2022.08.10

※2021年09月撮影

トップ画像は、中央本線宮ノ越駅。中央西線の洗馬駅、贄川駅、奈良井駅と極めてよく似た駅舎です。ただ宮ノ越駅は若干屋根の位置が高い印象があります。。

南側から駅舎。駅前広場に自動車が駐められています。もちろん筆者のレンタカーではありません。

宮ノ越駅は、木曽川の東、旧中山道・長野県道259号線が駅に向かって突き当たる位置にあります。

※2021年09月撮影

国道19号線は、中央本線の向こう側、山を越えた場所を通っています。

※2021年09月撮影

宮ノ越駅は、1910年(明治43年)中央東線が藪原駅から延伸され終着駅として開業。翌年には当時の紀勢西線木曽福島駅まで線路がつながり中央東線と西線が全通。改めて中央本線に改称されました。1972年(昭和47年)貨物取扱廃止。1985年(昭和60年)駅員無配置駅になります。1987年(昭和62年)国鉄分割民営化でJR東海の駅になりました。

島式ホーム1面2線があり駅舎の北側にある構内跨線橋で渡ります。ホームから西側に日義村による「木曽義仲公旗挙の地 旗挙八幡宮・南宮神社 義仲公菩提寺 徳音寺」の看板が見えました。

※2021年09月撮影

駅前の県道を真っ直ぐ進み、木曽川を渡ると義仲館があります。駅からは徒歩5分ほど。旧中山道沿いには36番目の宿場・旧宮ノ越宿があり木曽義仲関連の史跡が多く遺されています。

源義仲は、鎌倉幕府を作った源頼朝や弟の義経とは従兄弟にあたります。平家物語に登場するので筆者も知っていますが歴史的な記録がほとんど残されていないことで謎の多い武将です。

※2021年09月撮影

宮ノ越駅の駅所在地は長野県木曽郡木曽町日義宮ノ越。これは、1874年(明治7年)筑摩郡原野村と宮ノ越村が合併し、朝日将軍木曾義仲が平家討伐の旗挙を行った地であることから義仲にちなんで「日義村」と命名したコトから始まっています。1968年(昭和43年)西筑摩郡が木曽郡に改称。2005年(平成17年)日義村は、木曽福島町などと合併し木曽町が発足、村は消滅しました。

駅舎正面。出入口に木製の駅名標があります。

※2021年09月撮影

建物資産標は「鉄 03-2009 M43年 9月」となっていました。駅が開業する前に駅舎は竣工していた様です。筆者が訪れたウィークデイの朝9時半に窓口は閉まっていました。乗車券販売機などはありません。

※2021年09月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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