またまた モロ逆光の下総松崎駅【木造駅舎カタログ】成田線06/274

2022.09.13

※2021年12月撮影

トップ画像は、成田線我孫子支線下総松崎(しもうさまんざき)駅。残念ながら強烈な逆光。左の電信柱で陽光を遮って撮りましたが若干ハレーションが出てしまいました。駅舎の前に大木があります。駅舎は周囲から少し盛り上がった上に建っています。

佐原駅から成田駅に行って、昼食に待望の駅そばを食べました。成田線我孫子支線の我孫子行に乗って1駅、下総松崎駅に到着。上り我孫子方面ホームから構内跨線橋で1番のりば側の木造駅舎に渡りました。跨線橋からの眺めは、良く言えば長閑、まぁ駅の周囲には茫漠と冬枯れの農地が広がっていました。

※2021年12月撮影

少し北西側から大木の影の中で撮っています。2007年(平成19年)頃に駅舎の外壁と屋根、待合室の内装も改修されている様です。

下総松崎駅は、1901年(明治34年)成田鉄道の松崎駅として開業。実際の松崎は、約1.5km東南にある京成電鉄成田空港線の成田湯川駅の場所にあります。ちなみに成田湯川駅の駅所在地は千葉県成田市松崎(まんざき)。

1920年国有化されて下総松崎駅に改称。山陰本線の松崎(まつざき)駅が1904年(明治37年)に開業していたため旧国名が冠されました。1987年(昭和62年)国鉄分割民営化でJR東日本が駅を継承しています。

※2021年12月撮影

大木の影の中をバックしました。関東ふれあいの道の案内。千葉県立「房総のむら」まで2.5km。ここには国の重要文化財「旧学習院初等科正堂」「旧御子神家住宅」などがあります。

※2021年12月撮影

5.6kmと少し離れていますが「甚兵衛渡し」は、駅の西にある印旛沼にあった民営の渡船場。17世紀中頃、佐倉藩の苛政に苦しむ農民の窮状を幕府に直訴しようとした名主を渡し守の甚兵衛が禁を犯して深夜に渡して逃し、自らも自死したという歌舞伎「佐倉義民伝」の元になった悲話の舞台。現場は印旛沼開拓で消えていますが、当時を偲ぶ松林が残っています。

東南側から。

※2021年12月撮影

駅舎に近づきます。

※2021年12月撮影

駅舎出入口。「成田線 我孫子~成田 120周年」のノボリがあります。有人駅ですが窓口の営業時間は、9:20~16:30と掲示されていました。

※2021年12月撮影

出入口にある水場。懐かしいタイル造りです。

※2021年12月撮影

※タイトルは『木造駅舎』となっていますが、厳密に「構造として木造建築」の駅舎だけをとりあげているワケではございません。あくまでも筆者が好感を抱いた駅舎を恣意的に選ばせていただいています。外観が明らかに木造建築と異なる場合でも、煩雑を避けるためタイトルは【木造駅舎カタログ】のまま進行いたします。悪しからずご了承ください。

※駅などについては『JR全線全駅』(弘済出版社/1997)、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地01-60』(朝日新聞出版/2012-2013)他を参照しています。

※鉄道撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいているものです。鉄道を撮影する時は感謝の気持ちを伝えましょう。ありがとうございます。

(写真・文章/住田至朗)


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