地上駅だった頃の記憶【私鉄に乗ろう94】阪神電車 その5

2019.10.05

阪神電車にも真っ直ぐな区間はあります。って、当たり前ですけど。そして緩やかな起伏があります。やはり阪急電車と違うのは住宅の軒先を走るという印象ですね。かつては、その印象も武庫川を越えた尼崎付近が典型的だったのですが、昔に比べると阪神電車も真っ直ぐに、軒先から少し離れた場所を走る様になったかな。そーいう意味では、京浜急行の急加減速が阪神電車を想起させて懐かしく感じます。

堀切信号場。ここから大阪方面は再び高架線になります。右に分岐しているのは堀切保線基地。夜間に保守車両が出入りするので横取り装置になっています。

本線を高速で通過する列車のために極端な横取り装置の形状という感じですね。とにかく阪神電車はビュンビュンと高速で走る電車という子供の頃からの固定観念が染み着いているのです。

打出駅から1.2kmで香櫨園駅。

筆者の記憶にある香枦園駅は地上駅でした。2001年(平成13年)に高架化が完成しています。その時に駅名も現在の香櫨園駅に改称されています。すごく立派な駅舎に驚きます。

駅名標。1907年(明治40年)開業。私事ですが、筆者の母親は誕生から小学校入学まで香枦園駅浜側の家で育っています。御前浜公園辺りの松籟(しょうらい/松の梢を吹く風・その風の音、渋谷の高級住宅地松濤も同じ意味です)を聞いて過ごしたそうです。今は昔。現在はマンションだらけの場所です。祖父が静かな海浜の松林をこよなく愛した人だったのです。

高架線で1.1km。西宮駅ですが、カーブがきつくて駅手前部分が暗くて前面展望撮影に失敗しました。

駅名標。1905年(明治38年)の開業。この駅も地上駅だった頃の記憶があります。1998〜2001年に駅が高架化されました。その際に西宮東口駅が統合され廃止されました。待避できる島式ホーム2面4線。大阪側の出入口から大阪方向に進むと旧西宮東口駅跡が児童公園になって残されています。

これが大阪方面に向けて、前面展望を撮りながら乗っている二代目ジェットカー5001形5029-5032の4両編成。加減速が鋭くて前面展望撮影は若干疲れますけれど。(笑)5261形のデビュー時代からの見慣れたデザイン、塗装カラーです。筆者のイメージする「阪神電車」の形、カラーがオレンジ色なら特急電車なのです。

先行する急行列車が遠くに見えています。

いよいよ懐かしいエリアに入ってきました。でも子供の頃から大学生時代を過ごした頃の阪神電車の印象と激しく異なっているので戸惑いを感じます。

では、【私鉄に乗ろう94】阪神電車 その6 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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