【鉄の本棚 08】「思索の源泉としての鉄道」原武史著/講談社現代新書/2014年10月刊行

2016.10.05

鉄の本棚1
講談社のPR誌・月刊『本』に1996年以来20年間、原武史さんが連載している「鉄道ひとつばなし」を本にしたもの。

筆者はコラムで時々、原武史氏の名前を出すことがある。原さんは関川夏央氏と並んで筆者の敬愛する「鉄道好き」な著述家の1人だからだ。それに何と言っても原さんは駅そばファンなのだ。

既に講談社現代新書で『鉄道ひとつばなし』(2003/9)『鉄道ひとつばなし2』(2007/4)『鉄道ひとつばなし3』(2011/3)の3冊が刊行されていてこの本が4冊目。

何故タイトルを『鉄道ひとつばなし4』にしなかったのかについて、原さんは1冊目の『鉄道ひとつばなし』(2003)の序で引いた森有正のエッセイ「思索の源泉としての音楽」を再引用している。

過去数十年の私の半生において、音楽は私の貧しい、しかし私なりに何かに憑かれたような学校生活において、一つの開かれた窓のようなものであった。何に向かってその窓が開かれていたのか、自分にもよく判らない。しかし、それは何ものか、単なる外ではなく、むしろ自分の一番深いところに向かって開かれていた一つの窓であり、音楽はそこから、外と内とが一つになるある究極のものをもたらす流れのように入ってきた、とだけは言うことができる、と思う。
(「思索の源泉としての音楽」、「遙かなるノートル・ダム」、講談社学術文庫、2012年所収)

この文章の「音楽」を「鉄道」に置き換えれば自分の思いは変わっていないのだとした上で、次の様に書いている。

あえてタイトルをこれまでのように『鉄道ひとつばなし』とはせず、僭越を承知の上で『思索の源泉としての鉄道』としたゆえんである。 本書 p.6

些か難しいことが述べられているが、要は「音楽を聴くこと」あるいは「鉄道に乗ること」を通じて「形の定かでは無い思索」を「他人と共有できる形=言葉」に変換する回路が見出せる、ということだろう。

いずれにしても一冊目の『鉄道ひとつばなし』(講談社現代新書 2003年9月刊行)第一章は「思索の源泉としての鉄道」だったのだ。

内容はコラムなので多岐にわたるが、おおまかに章立てで分けられている。

最後の第九章だけ少し特異だ。新幹線が老朽化した為にリニューアル工事がされている期間、在来線の東海道本線をかつての(内田百閒が愛した)特急「つばめ」と「はと」が復活運転される、というフィクションだ。半分は原さんの夢想かもしれない。

おそらく「鉄道に乗ってどこかに行くのが好き」ということと「鉄道に乗ること自体が好き」ということの間には大きな隔絶がある。後者を意識的に自覚し文章にしたのが夏目漱石の弟子であった内田百閒(門構えの中は「月」、内田榮造は故郷岡山を流れる百閒川を俳号にした)だ。

内田百閒の『阿房列車』(オリジナルは1950年〜1955年に執筆された。現在は新潮文庫で読める。全3冊。お奨めは旧字の旺文社文庫版、絶版だが中古価格がこなれてきた。冒頭の写真)は鉄道ファン、特に「乗り鉄」を自称する人にとってはある種バイブルの様なものだ。

しかし、原さんのスタンスは微妙に異なる。内田百閒が社会との「デタッチメント(かかわらないこと)」を御簾の様に下げて仏頂面をしていたのに対し、原さんはあくまで社会との「コミットメント」を車窓から見ているのだ。

冒頭で原さんが「思索の源泉」としての鉄道と言った意味がここに込められている。

阿房列車を読んで判るのは、内田百閒が「何も感じないし、何も陳べない」ということを凝りに凝った日本語で書いているということだ。実際は極度に複雑な技巧が凝らされた文章なので、それを読むことは、まるでモーツァルトのシンプルな旋律を聴いているかの様に快い。

故に何度繰り返し読んでも気持ち良い、が、その「心地よさ」以外は何も残らない。(凄い技巧だと思う)

ちなみに「阿房列車」の「阿房」とは「阿呆」の意味ではなく「無駄な」とか「余計な」ということだと内田百閒先生自身がどこかに書いている。

閑話休題。

とは言え、原武史さんは政治学を専門とする学者で、関川夏央さんは明治以降の日本文芸を主題に学問的なエッセイを書く人だ。関川さんの本でお奨めは「汽車旅放浪記」「寝台急行「昭和」行」(ともに現・中公文庫、冒頭の写真は新潮文庫版)。

それに対し内田百閒は「極めつけの文章家」というダケの愉快で気難しい酔っぱらい爺だ。大好きなので旺文社文庫は全部揃えているけど。(笑)

筆者は好きで鉄道に乗っている、だから明るい時間帯は車窓を飽かず眺めている。

その車窓を通して何を覗き込むのか。

百閒先生と原武史さんのことなど思い浮かべて、それが鉄道旅の醍醐味ではないか、と山の向こうの空を見る。

そして

列車がゴットンと揺れる。

(写真・記事/住田至朗)


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