【鉄の本棚 07】「鉄道という文化」小島英俊著/角川選書/2010年1月発行

2016.08.30


三岐鉄道西桑名駅

小島英俊著『鉄道という文化』(角川選書/2010年1月発行)を読んだ。少し前に出版された書物だが、内容は鉄道誕生から1970年代初頭くらいまでの歴史を概観するものなので古さは感じない

イギリスで誕生した鉄道がそもそもは馬車の馬を蒸気機関が代替するものであったことや、レールの元になった鉄板、専ら人よりも石炭や鉄鉱石を運んでいたことから始まって、欧州大陸、北アメリカ大陸での鉄道全盛とモータリゼーション、航空機の登場による衰退などがコンパクトにまとめられていて、鉄道史の基本が分かる内容になっている。

産業革命、市民社会の誕生、資本主義と帝国主義。鉄道に由る日常移動の利便から、一歩進んだ「旅」という新しい文化が誕生したこと。それが市民に普及していった過程。正に人類が近代化という大きな潮流を迎えた時、その中心に鉄道があったことがよく分かる。

この本を読むことで改めて「旅」という消費行動を考えるきっかけになった。

日本でも鉄道が普及するまで、庶民の旅は「お伊勢参り」程度のものしか無かった。あるいは古典落語の「大山詣り」とか。故に例外として芭蕉庵桃青の紀行文や菅江真澄遊覧記が江戸期の旅を記録する貴重な文献になったのである。※1

面白いのは、永井荷風が1915年(大正4年)に『日和下駄』を発表するまで日本人には「散歩」という概念は無かったと言われている。歩くことは移動手段でしかなかったのだ。※2 

しかし、私は国木田独歩の『武蔵野』(1898年/明治31年)冒頭の叙述は明らかに散策・散歩だろうと思う。

笑ってしまうのは独歩が『武蔵野』を執筆した当時、今の渋谷NHK放送センター辺りに住んでいて、隣の牧場から牛乳を分けてもらっていたことだ。今の渋谷からはとても想像出来ないが。

彼の描いた武蔵野は今で言う東京23区の西側一帯なのだ。あるいは故宮脇俊三氏が幼少の頃、青山練兵場で鉄道の姿を追った話なども我々の世代には郷愁と言うよりも時代絵巻の印象なのだ。

1878年(明治11年)に日本にやってきたイギリス人イザベラ・バード夫人による日本旅行記が貴重な日本の記録となっている。特に当時の北海道アイヌ民族の客観的記録は他にはほとんど無い。後述のトーマス・クックによる近代的旅行代理業誕生から四半世紀経ってイギリス人には既に旅行という趣味が成立していたのだ。※3

日本で雑誌「旅」が刊行された1924年(大正13年)は日本に鉄道が敷かれて50年目、ようやく鉄道が庶民の旅の道具になってきた事をうかがわせる。戦後には鉄道ミステリーの嚆矢と言われる松本清張の『点と線』を連載した雑誌としても有名だ。残念ながら今は休刊してしまった。

旅行代理店はヴェネツィア共和国で聖地巡礼(エルサレム)旅行の斡旋から始まったと言われるが、19世紀のイギリス、トーマス・クックが近代的な旅行代理店の始まりだ。プロテスタント、バプティスト派の伝道師だったトーマス・クックが1841年の禁酒運動大会に信徒を多く送り込むために列車切符の一括手配を行い、高価だった鉄道切符のディスカウントに成功したことで一般の団体旅行を扱うようになったのである。イギリスに鉄道が誕生してから20年後のことであった。

一方、イギリス、欧州の鉄道車両がコンパートメント式で嫌でも他人と同席しなければならなかったために列車内での読書が発達し、その結果ミステリーというカテゴリーが隆盛したことが面白い。

今は列車に乗るとロングシートに並んだ全員がスマホを覗き込むという些か気色の悪い光景が日常になっているが、スマホや携帯電話以前には一定数の人が漫画雑誌、雑誌、新聞、書籍を読んでいたものだった。ホーム上の小さなキオスクにも推理小説が売られていたのだ。

閑話休題。

元々、近代化とは「ある傾向の純粋化」だった。特に絵画、建築、音楽、文学などの芸術一般にそれが該当する。しかし、ポスト近代化の時代において、個々の趣味/消費がより純粋化(パーソナライズ)され、袋小路に入り込み、結果的に陳腐化を反復することになった。結局、提供/販売される趣味/消費が一定の幅しか持たないマスプロダクトであって、その微細な差異を個性と強弁することでどうにか成り立ってきたからだ。

音楽を共有して楽しむシーンはもはやライブ会場にしか無い。ジャズ喫茶もロック喫茶もクラッシックの名曲喫茶も、レトロな趣味の対象になってしまった。ゲームも音楽もheadphoneで他者を遮蔽した上で消費される。テレビはスマホやタブレットとheadphoneで独りで楽しむものになった。

他方で、コミュニケーションは無限にコピペされるラインの短いフレーズに埋もれてしまった。むしろ日常会話がそれを模倣している。

一定の年齢層の会話を聞いていると、コミュニケーションという言葉が半ば死語になりつつあることが分かる。そこには忖度も斟酌も存在しない。

イージーで深さを持たない「感動」が自販機で飲み物を選ぶレベルの「選択肢」として消費される。映画の原作がコミック・ベースになって久しい。もはや複雑な感動は売れないのだ。簡便で分かり易い感動が大量消費される。

こーいった文化的状況下で、面倒な旅はむしろ忌避されるだろう。

旅はテレビで見慣れたタレントが予定調和的に繰り返すショーとして消費されるものになったのだ。

一方で冒険はゲームの中の安全で一方的な娯楽なのだ。すぐに飽きられ、交換可能な。

些かペシミスティックに過ぎるかもしれないが、実際に鉄道で旅をしていて何よりも気になるのが中高年の姿しか見ない事なのだ。「鉄道ファン」という人種を除いて、若年層が旅をしている姿をほとんど眼にしない。しかし、若い彼らは車両が走っている間、仲間同士で会話することも無く、延々とスマホを覗き込んでいる。車窓すら全く見ないのだ。

それが鉄道旅なのか?

もちろんクルマで旅をする機会が少ないので、偏った印象かもしれない。

また、この数年「ローカル線で秘教駅を巡る旅」というツアー団体に何度か出会っている。メジャーな旅行会社が主催するツアーだ。その団体は圧倒的に高齢者が多い。高級一眼レフをぶら下げた人々がゾロゾロと観光バスと秘教駅を行ったり来たりしているのを見るのは何とも不思議な気分だ。

『鉄道という文化』で触れられるのは前期近代辺りまでなので、この様な文化的状況に直面することはない。もっと牧歌的な旅への憧れが底流にあって、とてもホッとする。

のびのびと自由に旅をすること。自分自身で考え計画し用意し、その為に働き、そして何よりも自分以外の世界を日常を離れた眼でしっかりと見る事。それが日常へ戻った自分を少し豊かに、少し優しくする。そんな「旅」を生んだのが鉄道だった。

鉄道でカジュアルな旅をもっと楽しもう。著者はその様に言っている様だ。

しかし、この本で残念だったのは元祖乗り鉄、鉄道に乗ることだけを純粋に目的にする旅を日本で初めて文章にした内田百間(門構えの中は「日」ではなく「月」が正しいのだが)のことが出てこないことだ。アガサ・クリスティーもコナン・ドイルも素晴らしい鉄道作家だが、百鬼園先生を無視して鉄道旅行は無い。(笑)

著者の小島英俊氏は1939年(昭和14年)東京生まれで東大法学部卒のエリート商社マンから独立して会社を興した人で他にも面白そうな本がある。

鉄道関連
・「世界の鉄道」趣味の研究 近代文芸社 1996年 ※書架にある。
・流線型列車の時代ー世界鉄道史 NTT出版 2005年
・文豪たちの大陸横断鉄道 新潮新書 2008年
・時速33キロから始まる日本鉄道史 朝日文庫 2012年
・鉄道技術の日本史 中公新書 2015年

それ以外
・外貨を稼いだ男たち 戦前・戦中・ビジネスマン洋行戦記 朝日新書 2011年
・合理的避戦論 東郷和彦との対談も収録 イースト新書 2014年
・帝国議会と日本人 祥伝社新書 2016年

秋も近づく台風ばかりの季節。たまには読書も悪くないかも。

※1 芭蕉紀行文集 岩波文庫(1971)
   おくのほそ道 岩波文庫(1979)
   芭蕉七部集 岩波文庫(1966)
   個人的には幸田露伴の『芭蕉入門』(講談社文芸文庫/2015)がお奨め

   菅江真澄遊覧記 1〜5 平凡社ライブラリー(2000)

※2 荷風随筆集 上 日和下駄 岩波文庫 緑47-1(1986)
   日和下駄 講談社文芸文庫(1999)

※3 日本奥地紀行 イザベラ・バード 高梨健吉訳 平凡社ライブラリー(2000)
   イザベラ・バードの日本紀行 上・下 時岡敬子訳 講談社学術文庫(2008)

(写真・記事/住田至朗)


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