読鉄全書 池内紀・松本典久 編 東京書籍【鉄の本棚 23】その8

2019.06.14

次はスコッチウヰスキーの専門家、土屋守さんの「喜望峰からヴィクトリアの滝へ セシル・ローズの足跡を追って鉄道で旅する」(2017年)

些か長いタイトルですが、本書のための書き下ろし。土屋さんは1987年から1993年まで英国で在英日本人向けの雑誌を編集。帰国後スコッチ文化研究所(現・ウイスキー文化研究所)を設立、スコッチと英国文化に関する著作が数多くあります。1954年(昭和29年)新潟県生まれ。

喜望峰がアフリカ大陸の最南端であることくらいは分かります。しかし、セシル・ローズという人は知りません。調べたら世界最大のダイヤモンド会社デビアスを1888年に設立した英国人。イングランドの地主の子として生まれましたが病弱だったため兄の居た南アフリカに転地。健康になったローズはダイヤモンド鉱山でダイヤモンドを次々に発見し大金持ちになったのです。

ローズは政治家としても活躍しました。彼が強力に押し進めたのが、ケープタウンからエジプトのカイロまでアフリカ大陸南北約7000キロの鉄道を敷くという壮大な計画でした。

ローズは、占領した土地に自らの名を冠した(ローデシア=ローズの国 ザンビアを経て現ジンバブエ共和国)ことで悪名も高い様です。

土屋さんは在英時代にデビアス社とロンドン・ロスチャイルド家を取材した際にデビアス社の創業者セシル・ローズを知ったのだそうです。テレビ局の番組企画でケープタウンからジンバブエのヴィクトリア・フォールズ駅まで旅を引き受けたのは、このセシル・ローズの足跡を追ってみたかったからだそうです。

ケープタウンからプレトリアまでは世界一の豪華列車「ブルートレイン」で移動した土屋さんのラグジュアリー・スイート個室にはシャワーにバスタブが付いていました。

プレトリアからジンバブエ国境までは、一変して硬い木製の椅子だけという粗末な車両。これがジンバブエ国境地帯から農産物などをプレトリアやヨハネスバーグまで売りに行き、帰路は生活用品、衣類、電化製品を山の様に積み込んだ”行商列車”で坐る場所を確保するのがやっとでした。

ジンバブエの政情不安で国境を徒歩で越えた土屋さんとテレビクルーはブラヨワという都市からSLに牽かれる「グレートジンバブエ鉄道」に乗ります。コンパートメント付特別寝台列車に乗って終点のヴィクトリア・フォールズ駅に向かいました。

その前に土屋さんは、セシル・ローズ自身が愛し眠っているワールズビューを訪ね、ローズの墓に参っています。ローズは生涯独身で莫大な財産を残し48歳で亡くなりました。600万ポンド(現在の6000億円相等)の遺産はオックスフォード大学に寄贈されローズ奨励基金として多くの学生に奨学金として提供されています。

写真がないので、鉄道旅の情景を想像するのは楽しいはずですが、乗り慣れた国内の車両と違うアフリカの車両と車窓を想像するのは簡単ではありません。

(写真・記事/住田至朗)

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