箸休め って言われてもねぇ 晩夏鉄道旅顛末記1【50代から始めた鉄道趣味】147

2019.11.14

※夏の鉄道旅なのに何故雪が有るんだ?と訝しく思われても当然です。この写真は2019年4月2日に久慈駅で撮った写真です。8月の八戸駅では乗り換えの時間が短くて写真を撮る余裕が無かったのです。

いつも書いていますが、コラムの写真は筆者がプライベートで旅をした時にポケットにいれているコンパクト・デジタルカメラ(SONY Cyber-shot DSC-WX800)で撮影したものです。鉄道会社さんから許可をいただいていませんから乗車券などがあれば誰でも入れる場所から手持ちで撮影したスナップ写真です。特に付記の無い写真は2019年8月に撮影したものです。

※2019年4月撮影

ところで、この夏の鉄道旅は散々でした。本来ならば、それぞれ【非電化路線に乗ろう】などでアップする目論見で撮影に出かけたのですが、悉く不調に終わりました。要はほとんどのケースで途中に雨が降り始めてしまったのです。

それで富山地方鉄道の木造駅舎シリーズが長く続いたので箸休め的に2019年夏の鉄道旅の顛末を紹介します。

まずは8月21日、八戸駅から八戸線に乗って久慈駅に向かいました。前記の様に乗り換えに時間が無かったので駅での写真がありません。

ここで、簡単に八戸線をおさらいしておきます。東北本線が東北新幹線八戸駅~新青森駅開業によって、八戸駅~青森駅間が第三セクター青い森鉄道に移管されあっために、大湊線とともに八戸線も他のJR在来線と接続しない孤立路線になりました。青い森鉄道で途中下車しない場合は青森駅・野辺地駅から八戸駅までは青春18きっぷで乗ることができます。

路線は、八戸駅~久慈駅間64.9kmに25駅。全線単線非電化です。ほとんど海沿いを走りますが、陸中中野駅(標高約41m)~陸中夏井駅(標高約9m)間は内陸の山間部になり侍浜駅(標高約155m)を頂点に急勾配区間になります。

2018年(平成30年)からは古いキハ40系に替わって全て新型気動車キハE130系で運行されています。これで全車両が冷房車両になりました。かつては「大丈夫?エンジン壊れない?」という程の苦しげなディーゼルエンジン音をたてながら亀の様にノロノロと勾配を登っていたキハ40系でしたが、キハE130系ははるかに軽やかに登ってゆきます。個人的にはキハ40系の時代も懐かしい。冷房が無いので夏は窓全開で気持ちの良い風が頬を撫でていました。

八戸線の歴史については前面展望がちゃんと撮れた暁に【非電化路線に乗ろう】にアップします。

まず、八戸線は、元・東北本線、現・青い森鉄道と並んで走り始めます。八戸線の八戸駅~鮫駅間には「うみねこレール」という愛称が付けられています。

青い森鉄道と分かれて八戸線は右に単線で進んでゆきます。左に分岐している線路の先は八戸貨物駅です。

八戸貨物駅があります。三菱製紙の原料や製品を運ぶ八戸臨海鉄道線と青い森鉄道との接続駅です。八戸臨海鉄道の看板が見えます。

八戸駅から3.4kmで長苗代駅。左に八戸臨海鉄道線が見えています。ホームは単式で駅舎はありません。

ユニークなのは、駅の先に見える国道104号線の跨線橋に長苗代駅への出入口(階段)があることです。いったんホームから階段で地上に降りて、あらためて国道の跨線橋への階段を登ります。

駅名標。八戸駅~鮫駅間には「うみねこレール」の愛称が付けられているので駅名標もキレイなものが付けられています。鮫駅から久慈駅間の「うみねこレール」ではない区間の駅名標にもこのスタイルで統一されています。この駅は1934年(昭和9年)開業。

長苗代駅を過ぎると並走していた八戸臨海鉄道線は、左(北)にカーブして離れてゆきます。八戸港にある北沼駅に向かうのです。

馬淵川を渡る直前に左に線路が分岐して別のトラス橋を渡ってさらに左にカーブして離れて行きます。本八戸貨物取扱所に向かう線です。現在は貨物列車の発着は無く、本八戸貨物取扱所は休止されています。航空写真で見ると本八戸貨物取扱所から先も途切れ途切れながら数キロ、出光、コスモ、ジャパンエナジーなどの油槽所まで線路の跡が延びています。

馬淵川を渡ると八戸線は、八戸都市計画都市高速鉄道八戸線として1977年(昭和52年)連続立体交差化が実施され高架線になります。

八戸線は途中から雨が降り出しますが、さてどこまで持つかな。もうしばらく八戸線をご一緒に。

(写真・記事/住田至朗)


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