初めて来たとは思えない郷愁を感じます【駅ぶら03】京浜急行04

2020.04.04

トップ画像は、北品川駅ホームから撮影した住宅・都市整備公団9100形電車。・・・と言われても「住宅・都市整備公団」の電車? 要は千葉ニュータウン鉄道が所有、北総鉄道が管理する通勤電車。筆者は初めて眼にした車両でした。都営地下鉄浅草線に直通運転を行っていて京急線の羽田空港まで運行されています。かつては新逗子(2020年3/14以降は逗子・葉山)まで定期運用されていたとは知りませんでした。そもそも筆者は北総鉄道に近寄ったこともないのです。どこを走っているのかも漠然としか知りません。

上りホーム、旧来の跨線橋の手前に2007年(平成19年)に新たに設置されたバリアフリー用のエレベーター専用跨線橋があります。

駅名標。

京浜電気鉄道の品川(ターミナル)駅として1904年(明治37年)開業。通称は八ツ山橋駅。八ツ山橋は、東海道と東海道本線を立体交差させるために明治5年(1872年)に架けられた橋。現在の橋は1985年(昭和60年)に架け替えられた四代目。京急本線の品川駅側踏切の西側に架かる橋です。橋の下をJR東海道本線、山手線が走っています。正面は京急本線の踏切を通過する都営地下鉄浅草線の5300形電車。

1925年(大正14年)併用軌道で高輪駅まで延伸され京浜鉄道の品川駅は北品川駅に改称されました。東京市電が京浜鉄道北品川駅まで乗り入れていたため横浜方面からの利用者はその多くが東京市電に乗り換えてしまいました。そこで京浜鉄道は、1933年(昭和8年)北品川駅~高輪駅間を廃止し、新たに国鉄の品川駅までの線路を敷設したのです。東京市電の乗り入れは終了。また品川駅~横浜駅間を標準軌化し品川駅から浦賀駅までの直通運転が始まりました。北品川駅はJR品川駅の南にあるのですが、旧東海道品川宿の北端に当たるため北品川駅と名付けられたのです。

余談です。筆者は北品川という地名を聞くと、45歳で亡くなった映画監督川島雄三さんの代表作「幕末太陽傳」(1957年/日活)を思い出します。古典落語の引用が軽妙で何度も観た好きな映画。2012年(平成24年)日活100周年記念で行われたデジタル修復版のDVDは個人的な宝物になっています。映画の冒頭に昭和30年代初頭の北品川駅周辺が登場しています。まさに八ツ山橋と旧東海道。もちろん今とほぼ同じ形で京急の橋梁も写っています。残念ながら電車は写っていません。モノクロ映画ですが、北品川の空気感がすごく良く分かります。観ていない方には超オススメの映画。デジタル修復版でない安い中古DVDでも雰囲気は十分感じることが可能です。筆者は両方持っていますけど。(笑)故川島雄三監督の作品51本の中でも生前監督自身が特に気に入っていたという「州崎パラダイス 赤信号」(1956年/日活)も良いですよ〜。

現在の北品川駅、左の「出っ張り」に京急車両が描かれているのがチャーミング。

北品川駅周辺案内図。オレンジ色のラインが旧東海道です。

駅から八ツ山橋の踏切に行きました。右が北品川駅。

踏切から品川駅方面を見ると八ツ山橋とJRを越える鉄橋と最少半径160m制限速度25km/hのカーブが見えます。

旧東海道の踏切の方に移動していたら都営地下鉄浅草線の新型5500形電車が通過しました。ふだん眼にしないので珍しくて慌てて撮った写真です。ブレてますね。ごめんなさい。

では、旧東海道の方に行ってみましょう。【駅ぶら03】京浜急行05 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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