丹後のローカル鉄道がなぜQRコード決済システムを導入したのか? サービスの裏には壮大な「まちづくり」戦略が潜んでいた

2020.02.15

2020年2月10日(月)、京都丹後鉄道沿線でMaaSアプリ「WILLERS」に実装されたQRコード決済の実証実験が行われました。実験内容はスマートフォンアプリとQRコードを利用し、財布から現金を取り出すことなく列車やバスを乗り継ぎケーブルカーや遊覧船観光なども楽しむというものでした。

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アプリに組み込まれたQRコード決済システムは、WILLER株式会社とITベンチャーQUADRAC株式会社(※)が共同開発したものです。QRコード乗車券を採用した交通事業者は存在しますが、「区間運賃に対応したQRコード即時決済」は日本初のサービスとのことですから、本システムの導入は先進的な試みと言って差し支えないでしょう。

※……「Felica」の開発に携わった日下部進さんが設立した通信技術の開発会社。

しかし京都丹後鉄道は大手鉄道事業者ではなく丹後を走るローカル鉄道です。自動券売機こそあるものの自動改札はなく、沿線には無人駅や秘境駅も存在します。最新のテクノロジーとは縁のなさそうなローカルな交通事業者が、なぜQRコード決済システムを導入したのでしょうか? その背景にはWILLER及び丹鉄MaaS推進協議会の「まちづくり」戦略がありました。

鉄道事業者とQRコード

本題に入る前に鉄道事業とQRコードについて簡単にまとめておきましょう。

空港のチェックインなどでは10年以上前から使われてきたQRコードですが、鉄道においてはソニーが開発した非接触型ICカード技術「FeliCa」を採用した交通系ICカードが主流となったこともあり、都心部では普及しませんでした。都心の混雑をさばくために近接型非接触IC技術のスピードが求められたのです。

地方交通では特殊な事情からQRコードを導入した事例があります。日本で最初に取り入れたのは広島市安芸区の新交通システム「スカイレールサービス」(2013年)ですが、最も有名なのは「ゆいレール」でしょうか。沖縄では湿度が高いことから自動改札機が紙詰まりを起こしやすく、メンテナンスコストがかさんでしまうため、2014年に交通系ICカード「OKICA」とともにQRコードを印字したQR乗車券が導入されました。翌2015年には理由こそ異なるものの、北九州モノレールも普通・往復乗車券をQRコード方式に切り替えています。

遅れること数年、2018年秋にスタートした「paypay」を筆頭とするQRコード決済の普及と連動するように、都心部でもQRコード対応の動きが顕在化しました。JR東日本は今春暫定開業する高輪ゲートウェイ駅にQRコード読み取り部のついた新型改札機を導入します。新型改札機は2月1日(土)より新宿駅新南改札に試験的に導入されており、5月11日から両駅でQRコードを使用する実験が始まります。阪神電鉄も関係者を中心とし、2020年3月からQRコード用いた乗車券の実証実験を実施すると発表したばかりです。

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これらはいずれも交通系ICカードからの脱却を主目的とするものではありません。券売機で購入できる磁気きっぷをQRきっぷに置き換えることで、改札機の故障リスクの低減や券売機の台数削減などでコストダウンを図るものです。では丹鉄沿線でQRコード決済を導入する狙いはどのようなところにあるのでしょうか?

低コスト、ビッグデータ、世界展開

京都丹後鉄道沿線地域MaaS推進協議会、寒竹さん

QRコードを利用するメリットの1つは導入コストの低さにあります。丹鉄MaaS推進協議会・寒竹聖一(かんたけせいいち)さんの試算によれば、本システムの導入コストは「SuicaやICOCAなどの交通系ICカードシステムの数十分の一」で済みます。読み取り端末の展開も容易であり、交通機関のみならず入場料を取るような観光施設でもQR決済を導入しやすくなります。

「丹後あかまつ号」に搭載された読み取り端末

交通系ICカードシステムと比較すると、利用者の移動データを取得しクロス集計しやすいのもQRコード決済システムの強みと言えます。本システムを域内に浸透させて移動に関する情報を収集し、個人情報を排したビッグデータとして扱えば「地域内のどこに交通需要があるか」「どのような属性の方がその地域を訪れているのか」といった傾向を分析できるようになります。

北丹後地方は域内交通の空白地帯が多く、移動に関する情報も不足しています。しかしビッグデータを同協議会で共有すれば、丹鉄のダイヤ改正や路線バスのルート変更、この区間を移動するなら鉄道がいいのかバスがいいのか……そういった悩ましい課題を地域一丸となって解決する一助となり得ます。言い換えればQRコードは「新しい移動の創出」に一役買うのです。

海外展開に向いているのも強みでしょう。QRコード決済システムを搭載した「WILLERS」アプリを海外展開すれば、海外で同システムを普及させるだけでなく、インバウンドをターゲットとする戦略も採りやすくなります。

海外展開後ならインバウンドは「使いなれたアプリ」で日本を旅行することになりますし、交通系ICカード利用時のデポジット(500円)も不要です。旅で一番お金のかかる「移動」に現金を使う必要がなくなれば「ここでお土産を買うと帰りの運賃が足りなくなるかもしれない……」といった悩みから解放され、そのぶん地域内のサービスに現金を使うインセンティブが働きます。

丹鉄沿線はインバウンド人気が高く、たとえば観光列車「あかまつ号」のWEB予約における言語別割合は日本語に次いで中国語が3割、英語が2割となっており、地域の足としての生活路線を重視する丹鉄においても決して無視できる数値ではありません。

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他にも「企画乗車券をQRコード化すれば在庫を抱える必要がなくなる」など細々としたメリットがあり、本システムが域内交通の課題解決や観光振興を見据えて導入されたものだということが分かります。昨年「paypay」が流行ったから時流に乗って突貫で作りました、というものではなかったのです。

元から「高次元交通ネットワーク」構想はあった

バス事業者であるWILLER株式会社は2014年に100%出資子会社WILLER TRAINS株式会社を設立し、経営不振により上下分離を余儀なくされた北近畿タンゴ鉄道から車両や鉄道施設を借り受ける形で、2015年4月1日より「京都丹後鉄道」として運行を開始しました。

運行開始に先立ち、WILLER TRAINSの村瀬社長は「WILLER TRAINS商品発表会」を行い、記者らに向かって壮大な構想を語りました。同社は鉄道車両の運行のみにとどまらず、「高次元交通ネットワークの実現」を目指しているというのです。

村瀬社長の語る高次元交通ネットワークは、「ストレスのない乗換え」と「公共交通空白地帯の解消」を二本の柱としています。

今回行われた実証実験では、スマートフォンで購入したQRチケットを画面に表示するだけで鉄道・バス・ケーブルカー・遊覧船などを乗り継ぎました。予約と支払いを「QRコード決済機能を持つアプリ」一つに集約することで様々なモビリティへの乗り換えが気軽に行えるようになったわけですから、「ストレスのない乗り換え」は大分理想に近づいたものと思われます。

2019年10月1日に実施された消費税増税に伴う運賃改定では「210円区間を路線バス同様の200円」に値下げしています。WILLER側の説明によればこれはバスとの競合を狙ったものではなく、利用者がバス・鉄道どちらを利用するにも迷う必要がないようにするためで、「ストレスのない乗り換え」という当初の構想に沿った値下げと見なせるでしょう。

「公共交通空白地帯の解消」に関しては、公共交通のない場所をつなぐための小型のモビリティなどの提供を計画していたようです。こちらは2020年2月13日(木)より京都府最東端の南山城村で始まった過疎地域型MaaSの実証実験を見てみると分かりやすいでしょう。

免許返納した高齢者の移動手段を考える必要がある 写真:WILLER株式会社

この実験では「WILLERS」を通じてデマンド交通を予約できるようになります。デマンド交通は村内のどこでも自由に乗降できる村内移動サービスと道の駅や鉄道駅を結ぶ村外移動サービスを組み合わせたもので、言ってしまえばタクシーに近いのですが、アプリ一つで他の定時制のある交通機関とつなげられるのが新しい(類例としては伊豆エリアの観光型MaaS「Izuko」Phase2で披露された「AIオンデマンド乗合交通」があり、こちらはTVのリモコンで予約できる点が目を引きました)。

今はMaaSという言葉で表現される交通システムですが、「高次元交通システム」について言及したころからWILLERの構想は変わりません。丹鉄だけではなく沿線地域全体で協力し、交通システム全体の利便性を上げることで「まちづくり」を行い、地方を活性化させる。「WILLERS」の提供やQRコード決済システムの導入は、時流に乗ったのではなく、あくまで地方創生構想を実現する一手として周到に用意されていたものなのです。

記事/写真:一橋正浩


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