穴守稲荷神社の北側を穴守稲荷駅に向かっていたら鳥居がありました。工事中だったので穴守稲荷神社境内を丁寧に見ていなかったのでもう一度お詣りすることにしました。

神楽殿の裏手に飛龍明神石碑がありました。工事前の写真などでは鳥居があった様です。説明板などもないので縁起や由緒などは分かりません。和歌山の熊野那智大社に飛瀧神社がありますが字が違いますね。

三猿の庚申塔がありました。工事中で境内社が暫定的にこの場所に移動されている様です。

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寶珠講と彫られた石碑が複数ありました。しかしこの「寶珠講」が分かりません。「講」は、そもそも平安時代、貴族たちの法華信仰で彼等がお金を出し合って豪華絢爛な儀礼「法華八講」を盛んに行ったことが始まりと言われています。

この「講」が中世に民間に浸透、仏教から離れた民俗宗教(平たく言えば古来の土着信仰 原始神道)の宗教結社、またはその会合を指す様になっていった様です。さらにそこから派生した相互扶助の団体・会合も「講」(頼母子講・無尽講など)と呼ばれました。奥の明榮講も同じ類でしょうが詳細は分かりません。終戦直後に穴守稲荷神社が遷座された時に、江戸時代の干拓地、半農半漁の住民たちが興した「講」の記念碑もこの地に遷されたのでしょうか。碑には「神田」という文字も読めます。

工事中のためか境内に稲荷神社の御眷属(神のお使い)「おキツネさま」の残骸の様なモノが少なからず置かれていました。

ここは本来「狐塚」と呼ばれている場所ですが、祠や鳥居が無い状態でした。失礼な物言いですが、石像たちの墓場の様にも感じられます。むしろ古典的な「もののあわれ(しじみとした情趣 無常観的な哀愁)」を覚えました。

穴守稲荷駅に戻ってきました。お昼の時間。オナカがへったので駅前の「手打ちうどん さぬきや」さんにはいりました。

撮影は2020年3月9日。世間はコロナ・ウィルス騒動の真っ最中で飲食店はガラガラのお店が多いのですが、このうどん屋さんは常連さんたちが普通にウドンを召し上がっていました。

お店の名物という「カレーうどん」普通盛、辛さも普通でいただきました。700円(税込)でした。独特の辛さが秘められていて美味しかったです。このお店はオススメですね。食べ終えて700円払ったら50円お釣りを出されたので、値段を確かめたらご主人、アタマをかいて受け取られました。ノンビリしていて良い雰囲気です。

穴守稲荷駅から終点に向かいますがここから先は地下鉄状態になります。では、かつての羽田空港駅、現在の天空橋駅に向かいます。

【駅ぶら03】京浜急行118 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)