もう二度と乗ることの出来ない廃線です【50代から始めた鉄道趣味】317

2020.06.30

※2014年7月撮影

トップ画像は、留萌駅正面。

駅前の道を南に進んで早道通りを右折、西に向かいます。

※2014年7月撮影

留萌港の一部を橋で渡ります。留萌本線の橋梁が見えます。

※2014年7月撮影

港の方に行きます。留萌本線の橋梁、駅の跨線橋が見えています。保線員の方々は何をしているのかな。

※2014年7月撮影

留萌港、右奥が外洋です。かつては石炭積出とニシン漁などでたいそう賑わっていたと駅でお年寄りたちから聞きました。「今の留萌は、全く見る影もないよ」というお爺ちゃんの淋しげな言葉が北海道から去ってしまった光栄を物語っています。

※2014年7月撮影

町に戻ってプラプラしました。しかし午前中とは言え、とんでもない暑さなのです。流石に人通りもあまりありません。

※2014年7月撮影

※オリジナル写真が縦なので加工してあります

ここは少し人通りがありました。留萌の町は道路が碁盤の目の様になっています。

※2014年7月撮影

正午前になったので駅に戻って来ました。深川方面から列車が到着します。ありゃ、先頭は今朝筆者が深川から留萌まで乗って来たキハ54-502です。

※2014年7月撮影

ホームで切り離し作業をしています。後方も今朝、留萌方面から深川に着いたキハ54-504です。この2両で留萌本線をまかなっているのでしょうか?

※2014年7月撮影

※オリジナル写真が縦なので加工してあります

そのままキハ54-502が増毛行になり、504はいったん離れて行きます。

※2014年7月撮影

※オリジナル写真が縦なので加工してあります

後方展望のまま留萌駅を12:19、出発。留萌港の橋梁を渡ります。もう保線員の方々はいません。留萌駅から終点の増毛駅まで列車交換はできません。この1両が往復するダケです。

※2014年7月撮影

留萌駅から2.1kmで瀨越駅(609世帯1250人)。1926年(大正15年)仮乗降場として開業。43年後の1969年(昭和44年)臨時駅に昇格。1990年(平成2年)臨時駅になってから31年後に営業キロ設定。以下、2016年に廃止された区間の駅周辺人口を駅名の後に記しておきます。全て駅の周囲、半径500mの円内の住民です。データは、2010年国勢調査。

※2014年7月撮影

※オリジナル写真が縦なので加工してあります

瀨越駅の西側は海水浴場。女子校生たちはここに来たのかな。

※2014年7月撮影

瀨越駅から4.0kmで礼受駅(33世帯83人)。旧駅舎の基礎の上にヨ3500形車掌車改造駅舎。

※2014年7月撮影

駅名標。1921年(大正10年)開業。1984年(昭和59年)まで有人駅でした。

※2014年7月撮影

廃止されてもう鉄道で訪れることはできません。淋しいですね。

※筆者は既にコラムなどで今回の青春18きっぷ鉄道旅の写真を度々使用しています。重複していますが、御容赦ください。

※価格などは2014年当時のものです。

※駅名の後の()内は、駅の周囲半径500mの円内に住む住民数です。(2010年国勢調査)

(写真・文/住田至朗)


LINEで送る

オススメ記事

こちらの記事もオススメです