豊肥本線のハイライトです【50代から始めた鉄道趣味】382

2020.09.03

※2014年12月撮影

トップ画像は、JR九州豊肥本線立野駅ホームのスイッチ・バック説明案内板。

御存知の様に、2016年(平成28年)の熊本地震による土砂崩れで立野駅~赤水駅間で線路が流出、2020年8月の復旧まで、肥後大津駅~阿蘇駅間は不通になっていました。

※コラムは2020年6月末執筆のため8月の復旧に付いては詳報が入り次第修正します。

※編集部注:豊肥本線復旧の様子については下記関連記事をご覧ください。

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キハ185系1000番台「九州横断特急」が阿蘇方面から到着します。元来は旧国鉄時代に分割民営化後のJR四国用に製造された特急形気動車ですがJR四国での新型車両導入などで余剰化した編成がJR九州に譲渡されています。

※2014年12月撮影

10時33分に肥後大津駅に着いて、普通列車宮地行は10時38分発、写真を撮る余裕がありませんでした。肥後大津駅から4.6kmで瀬田駅です。単式ホーム2面2線、左の島式ホームが単式ホームとして使われています。

※2014年12月撮影

1916年(大正5年)宮地軽便鉄道の駅として開業。1922年(大正11年)現在地に移設。宮地軽便鉄道が宮地線になり、1928年(昭和3年)豊肥本線に改称されました。2016年(平成28年)の熊本地震後車両運行がないため休止していました。

※2014年12月撮影

瀬田駅から5.1kmで立野駅。標高は約277m。トップ画像の看板の通りスイッチ・バックの駅です。1916年(大正5年)宮地軽便鉄道の駅として開業。1928年(昭和3年)豊肥本線全通で立野駅~高森駅間が高森線に分離、1986年(昭和61年)第三セクターの南阿蘇鉄道に転換されました。豊肥本線肥後大津駅〜阿蘇駅間は、2016年の熊本地震の被災で休止されていますが2020年8月運行再開しました。

※コラムは2020年6月末に書いています。最新の詳報が入り次第修正します。

※2014年12月撮影

スイッチ・バックのため運転士さんが進行方向と逆の運転席に移動します。肥後大津駅から乗って来たキハ147-182。スイッチ・バックでこちらが先頭になります。1992年(平成4年)機関を360ps/2000rpmという強力なコマツ製のSA6D125-HD1に換装しています。ノーマルのキハ40系では、この先の33.3パーミルの急勾配はシンドイでしょう。

※2014年12月撮影

行先標。

※2014年12月撮影

方向を変えてスイッチ・バックの転向線に向かいます。頭上を横切っているのは国道325号線の跨線橋。シーサス・クロッシングの向こう、

※2014年12月撮影

左が標高約170mの瀬田駅から上ってきた線路、右がこれから向かう転向線です。

※2014年12月撮影

転向線の終端にトンネルがあります。運転士にお訊きしたら「昔は長い列車が入ってきたからね」とのことでした。ここは標高約306m。

※2014年12月撮影

またまた運転士さんはトコトコと車内を移動して反対側の運転席に座って反対方向に進みます。右が立野駅から上がって来た勾配標33.3パーミル。左がこれから標高約465mの赤水駅に向かう勾配標33.3パーミルの勾配。

※2014年12月撮影

勾配を登り切り、阿蘇の外輪山の内側を行きます。

※2014年12月撮影

2016年の熊本地震から不通になっている肥後大津駅~阿蘇間ですが、2020年8月に無事復旧しました。

※筆者は既にコラムなどで青春18きっぷ鉄道旅の写真を度々使用しています。重複していますが、御容赦ください。

※価格などは2014年当時のものです。

(写真・文/住田至朗)


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