夕景で一餐【50代から始めた鉄道趣味】392

2020.09.13

※2014年12月撮影

トップ画像は、指宿枕崎線車窓の夕景に流れる光。シルエットは開聞岳。

ボックスシートでそろそろ本日の鉄道旅を祝してビールをプシュッと開ける時間です。車内にお客さんはほとんど乗っていません。終点の枕崎駅に着けば、今日は10時間29分乗車して391.5kmを旅したことになります。東京を出発して4日目、トータルは2390.5km。

車内の照明で駅名標が明るくなっていたので、シートで一餐(いっさん=※)しながら駅の写真など撮りました。

※食事のことですが、阿房列車の内田百閒先生はお酒を楽しむ夕餉をこう呼び殊更に大切にしました。夕餉を邪魔されることを嫌い門前に「日没閉門」「面会謝絶」と貼ってあったそうです。

頴娃駅。個人的には漢字が難しいので難読駅名です。駅所在地は鹿児島県南九州市頴娃町です。茶飲み茶碗にお茶の葉っぱがアイコンになっています。1960年(昭和35年)開業。

※2014年12月撮影

この難しい頴娃という地名、1889年(明治22年)の町村制施行で頴娃郷の別府村、上別府村、御領村、郡村、牧之内村、仙田村などが頴娃村として発足したことが始まりです。1896年(明治29年)指宿郡頴娃村になります。1950年(昭和25年)頴娃町になりました。2007年(平成19年)知覧町、川辺町と合併、南九州市が誕生しています。

この南九州市も人口減少が深刻です。1950年(昭和25年)の82,021人をピークに、2015年(平成27年)には半分以下、44%の36,352人に減っています。(国勢調査)

「いしがき」と読みたくなりますが、濁らず「いしかき」です。駅名の由来が分かりませんが石垣郵便局があり、駅の東側には石垣川が流れています。1963年(昭和38年)開業。

※2014年12月撮影

松ヶ浦駅。森々と静かな夕暮れです。この駅周囲にも人の気配は感じられません。1963年(昭和38年)開業。

※2014年12月撮影

ますます静かな白沢駅。真っ暗な駅に女子校生が一人降りました。親が迎えに来ているのでしょう。だって列車が出発したら、ちょっと怖いですよ。1963年(昭和38年)開業。

※2014年12月撮影

終点の一つ手前。薩摩板敷駅。何故か駅名標がほぼ真っ白。塗り直すのかな。1963年(昭和38年)開業。駅近くに鹿児島県立鹿児島水産高等学校があるので生徒さんの利用が多い様ですが、暮れも押し迫った12月26日なので誰も乗り降りしません。

※2014年12月撮影

18時24分、終点枕崎駅に到着。ようやく乗って来たキハ40系が写りました。終端部から写しています。暗いから雰囲気だけですけど。

※2014年12月撮影

本土最南端の始発・終着駅。沖縄は本土ではないの? 今年3月に訪れた稚内駅から3144.5km。

※2014年12月撮影

今夜は駅近くのホテルに投宿。駅前唯一の料理屋で美味しい魚をいただきました。明日は盲腸線を鹿児島中央駅まで戻り、肥薩線吉松駅からいさぶろう・しんぺいに乗ります。

※筆者は既にコラムなどで青春18きっぷ鉄道旅の写真を度々使用しています。重複していますが、御容赦ください。

※価格などは2014年当時のものです。

(写真・文/住田至朗)


LINEで送る

オススメ記事

こちらの記事もオススメです