石見人森林太郎トシテ死セント欲ス【50代から始めた鉄道趣味】410

2020.10.01

※2014年12月撮影

トップ画像は、山口駅構内のキハ40-2005。山口線はキハ40系の宝庫です。

駅名標と駅舎正面。新山口駅からは23分で山口駅でした。観光用駅名標と駅出入口には、瑠璃光寺の国宝五重塔が飾られています。

※2014年12月撮影

※オリジナル写真が縦なので加工してあります

ようやく遅い昼食。山口駅の駅そば「味一」さんです。

※2014年12月撮影

カレーうどん。値段はメモっていませんでした。でも美味しかったのは覚えています。

※2014年12月撮影

山口駅、山口線のキハ40系がたくさんいて嬉しくなります。首都圏色ばかりでしたが。

※2014年12月撮影

キハ40-2071。

※2014年12月撮影

13時58分の益田行、先頭車両はキハ47-81。

※2014年12月撮影

これから向かう益田方面。

※2014年12月撮影

篠目駅。観光用駅名標、現代人には即座に右からは読めないかなぁ。1917年(大正6年)開業。構内には蒸気機関車時代の古い煉瓦造りの給水塔が残されていました。この駅の木造駅舎も古くて魅力がありますが、写真撮ってる余裕が無かった・・・。

※2014年12月撮影

※オリジナル写真が縦なので加工してあります

津和野駅。津和野という地名からは、60歳で亡くなった森鷗外の遺言「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」を思い出します。石見国津和野で1862年(文久2年)津和野藩の御典医の家に生まれ、10歳で父と上京するまで森鴎外が過ごした土地なのです。駅の南2km程の場所に鴎外記念館、旧宅があります。

※2014年12月撮影

津和野駅は、1922年(大正11年)開業。かつては津和野機関庫がありました。転車台が残り、D51-194が静態保存されています。

東京奥多摩には日原(にっぱら)鍾乳洞がありますが、この駅は「にちはら」駅です。1923年(大正12年)開業。旧国鉄の岩日線、現在は第三セクターの錦川清流鉄道線が、計画ではこの駅まで延伸されることになっていました。岩国の「岩」と日原の「日」で岩日線なのです。

※2014年12月撮影

1923年(大正12年)開業の木造駅舎が残る石見横田駅。山間部の静かな駅。屋根は瓦葺きから改修されている様です。

※2014年12月撮影

16時、益田駅に到着。ここで1時間の乗り継ぎ待ちです。やれやれ。

※2014年12月撮影

17時、山陰本線アクアライナー米子行に乗ります。JR西日本キハ126-2+1002。石見神楽のラッピング車両。2019年(令和元年)石見神楽ラッピングがリニューアルされました。

※2014年12月撮影

この日は、このまま出雲市駅まで行って、重大なミスに気付きました。予約したホテルが西出雲駅前だったのです。出雲市で夕食をとってから西出雲に戻りました。

青春18きっぷ鉄道旅vol.14、7日目は、391.8km鉄道に乗りました。明日は急速に休息します。

※筆者は既にコラムなどで青春18きっぷ鉄道旅の写真を度々使用しています。重複していますが、御容赦ください。

※価格などは2014年当時のものです。

(写真・文/住田至朗)


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