本コラムでは、鉄道記者として見聞した車両、ダイヤ改正、駅リニューアルといったさまざまな話題を再録してみたいと思います。あくまで取材時点の内容なので、その後の変更点についてはご容赦を。コラムに登場する方は原則、匿名表記させていただきます。初回は通勤電車を素材に、デザイナーのこだわりを――。

最近は部外の著名デザイナーに鉄道車両や駅のデザインを任せるケースが増えていますが、多くの一般車両は鉄道事業者の社員がデザイナーを務めます。そんな社内デザイナーが、語り合う場として設けられたのが「レイルウェイ・デザイナーズ イブニング」(以下「デザイナーズイブニング」)です。

自動車業界では、デザイナーの懇親の場として「オートモーティブ・デザイナーズナイト」が開催されてきました。デザイナーズイブニングは、その鉄道版という位置付け。2016年秋に東京で開催された2回目では、JR東日本、JR西日本、東京メトロの社内デザイナーが、その時点での新鋭通勤車をまな板に載せ、こだわりを披露しました。

行ってみたい、乗ってみたい、大阪環状線へ

大阪環状線の新しい顔・323系電車。「323系と大阪環状線改造プロジェクト」として、2016年度グッドデザイン賞を受賞しました。 写真:鉄道チャンネル編集部

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JR西日本は2016年末、大阪環状線・桜島線にデビューした323系を取り上げました。同社は、大阪環状線の顧客満足度向上や線区イメージ刷新を図ろうと、2013年度から「大阪環状線改造プロジェクト」を始動。プロジェクトの総仕上げとして、新鋭車両を投入したそうです。

最初に、大阪環状線で採用したトータルデザインとは。車両ばかりでなく、駅や掲示類まで共通するデザインコンセプトを設定。線区全体のイメージアップを図ろうというのが、基本の考え方です。

323系は、国鉄時代を通じて初の大阪環状線専用設計車両。①安全・安心の向上 ②機器類の信頼性向上(安定輸送) ③情報提供の充実 ④人にやさしい快適な車内空間――の4項目を基本に、国鉄時代からの103系や201系電車を置き換える作戦でした。外観は大阪環状線のイメージカラーのオレンジ色を基調に、先頭部と側面に「大阪環状線改造プロジェクト」のロゴマークを付けました。

デザイナーズイブニングでJR西日本の担当者は、323系の目標を「行ってみたい、乗ってみたい、大阪環状線へ」のフレーズに集約。新型車両が走るのは大阪環状線だけで、「最新鋭の電車が走る線区」は会社のブランドイメージ向上につながります。

新車のきめ細かいこだわりが座席端部の〝袖部分〟で、通常はドアと直角にするところ323系は斜めに角度を付けました。担当者の「乗り込んだお客さまの車内への流れをスムーズにしたい」の新しい着想には、デザイナーズイブニングに出席した他社からも賛同の声が上がりました。

323系車内、袖部分は斜めに角度を付けています。 写真:鉄道チャンネル編集部

スマホ画面を思わせる前面の意匠

東京都心で最も頻繁に目にする山手線E235系電車。続く1000番台は本年度から横須賀・総武快速線に投入され、現在のE217系を置き換えます。 写真:PIXTA

JR東日本が取り上げたのは、山手線用の新型通勤電車E235系です。2015年11月の量産先行車運転開始時は停止位置不良やドア開閉のトラブルでつまずきましたが、その後は順調に増備を重ね、今ではすっかり〝東京圏のJRの顔〟となりました。

当時のノートを見れば、「スマートフォンの画面を思わせる前面の意匠、荷棚上部などに設置された多くのデジタルサイネージなどが注目を集め、高いデザイン性を備える。最新技術を導入した利用客、社会とコミュニケーションする車両」とあります。前面がスマホというのはまるっきり忘れていましたが、あらためて写真を見れば「言い得て妙」と言えるような。

基本を再度押さえれば、JR東日本グループの総合車両製作所(J-TREC)新津事業所で製作。次世代ステンレス車両「sustina(サスティナ)」シリーズの大都市向け通勤車両量産第1号でした。

デザイン面で目を引くスマホを模した前面は、〝現代のコミュニケーションの象徴〟としての液晶パネルがモチーフだそう。前面や側面上部の行き先表示器はフルカラーLEDを採用し、視認性を向上させました。

車体側面は山手線ラインカラーの帯をなくし、扉部分の塗装にウグイス色を使用。山手線は可動式ホームドアの設置が進み、ホーム上から車体下部が見えにくいため、乗客が走行線区を認識しやすいようカラー配置を縦方向に変更したそうです。

デザイナーズイブニングで聞いたJR東日本担当者の話では、E235系のキーワードは「コミュニケーション」。利用客はもちろん、運転やメンテナンス、清掃といった社内・部内を含め、「新車が周囲と対話する」の視点を持ちながら必要な仕様を決めたそうです。

車両コンセプトの検討に着手したのは2008年で、足掛け5年以上というのは鉄道車両では異例の長期。シートの仕切りデザイン変更で、車内を広く見せるなど工夫は細部に及んでいます。

ガラス製貫通ドアはテコの原理で

東京メトロ日比谷線用13000系は「世代と文化の交流」がコンセプト。日比谷線は1961年の開業時から18m車両で運転されてきましたが、13000系から20mに延長され、相互直通運転する東武鉄道スカイツリーラインに仕様をそろえました。 写真:鉄道チャンネル編集部

最後は、デザイン面で常に時代の最先端を走るとも評される東京メトロ。デザイナーズイブニング開催時に最新鋭だった日比谷線の13000系について、担当者がこだわりを語りました。

鉄道車両に必要なのは開放感ですが、トンネルを走る地下鉄では限界もあります。そこで13000系は妻板(車両端部)にガラスを多用し、前後の車両まで見通しが利くようにしました。しかし、ガラス製貫通ドアは重くなるのが欠点。そこでテコの原理を利用したアシスト機能を付けて、軽い力でも開くように工夫しています。

デザイナーズイブニングでは、デザインの専門家から「鉄道事業者のポリシーを、利用客の目に見える形で伝えるのがデザインの機能。デザインは事業者の鉄道文化そのものを表している」の指摘もありました。皆さんも今度、電車に乗るときはデザイナーの眼で車内を見回してみては。新しい発見があるかもしれませんね。

文:上里夏生