【取材ノートから】駅メロで鉄道の旅を楽しく 向谷実さんの講演から 鉄の作曲家に必要なのは実は説得力? 九州新幹線は上級リスニングルームになる可能性大!【No.2】

2020.10.19

フォーラム後半では、鉄道ファンのシンガーソングライターのオオゼキタクさんと共演。最近はカシオペア時代を知らない鉄道関係者から、「向谷さん、ピアノ弾けるんですか」と驚かれることもあるそうです。 写真提供:交通環境整備ネットワーク

鉄道の駅で昔は影も形もなくて、今やすっかりおなじみになったものの一つに駅メロ(列車接近時や発車時に放送される音楽)があります。最近も西武鉄道が東村山駅で、今年3月に亡くなった志村けんさんが広めた「東村山音頭」を復活させて話題を呼びました。駅メロの第一人者は、フュージョンバンド・カシオペアのキーボード奏者として活躍した向谷実さん。2018年に交通環境整備ネットワークの「地域鉄道フォーラム」で取材した講演内容を再構成して、音へのこだわりを探ってみましょう。まずは第一楽章――。

民営化3年目 ベルからメロディーに

「地域鉄道フォーラム」で講演する向谷さん。鉄道イベントでスピーチを依頼されるケースも多く、立て板に水の話術にも磨きが掛かります。 写真提供:交通環境整備ネットワーク

演奏時間わずか4~7秒。全国の鉄道駅に流れる駅メロは、ひょっとしたら〝世界一短い音楽〟かもしれません。駅メロ作曲家として知られる向谷さん。フュージョンバンド・カシオペアのキーボード奏者として活動する一方(2012年に脱退)、社長を務める音楽館は今や鉄道関連メーカーとして認知されます。フォーラムでは、「駅メロで鉄道の旅を楽しく演出したい」と語り掛けました。

歴史をたどれば、駅の発車合図は国鉄時代からJR発足直後まで「ジリジリジリ」のベルでした(活字媒体が苦手な音の表現です。動画サイトや想像で補い、可能なら現地で実際に聞いていただければ幸いです)。ベル以前は笛や鐘、人力(声)で発車を知らせたことも。ベルの始まりは、1912年の上野駅ともいわれます。

駅メロ第1号は諸説ありますが、1971年の京阪電気鉄道というのが有力です。ベルには一部ながら「耳障り」の声もあり、JR東日本は会社発足3年目の1989年、新宿、渋谷駅で初めて駅メロを採用しました。両駅の評判が良く、全国に広がるきっかけになりました。

駅メロに背中を押され電車は急坂を駆け上がる

向谷さんが作曲した駅メロは九州新幹線のほか、京阪京都線、東京メトロ東西線と全国に及びます。京阪や東西線は、沿線通しで1曲になる仕掛け。各駅の曲は完奏せず、余韻を残して次の駅に引き継ぐのが曲作りや編曲のポイントです。

沿線の雰囲気も重視します。メトロ東西線は西船橋側から都内に入ると、木場や門前仲町は下町、大手町や竹橋はビジネス街、早稲田や高田馬場は学生街と沿線が変化します。もちろんメロディーも各駅の環境に合わせます。代表例が、九段下駅の「大きな玉ねぎの下で~はるかなる想い~」。編曲を担当した爆風スランプのヒット曲には、駅から日本武道館までの道のりが歌われます。

ご存知の方も多いと思いますが、「大きな玉ねぎの下で」のモチーフは日本武道館。屋根の擬宝珠(ぎぼし)を玉ねぎに見立てました。 写真出典:PIXTA

作編曲のこだわりでは、上下線でメロディーを変えています。当初は意識しなかったそうですが、上りと下りで駅メロを変えると「どちらの列車か分かりやすい」と視覚障がい者に喜ばれたためです。

講演で印象に残ったのが、東急電鉄東横線渋谷駅の駅メロ制作過程。2013年3月16日ダイヤ改正で地下化され、東京メトロ副都心線との相互直通運転を始めました。向谷さんが担当したのは横浜方面への発車メロ「Departing from New Shibuya Terminal」。「新しい渋谷駅からの旅立ち」を意味する曲には、電車へのエールを込めました。地下の渋谷駅から次の地上駅・代官山に向かうには、勾配を駆け上らなければなりません。曲に「この先、登り勾配が続きます。電車の君たちは元気に駆け上がって欲しい」の願いを託し、お客さんにも「そうか、これから地上に出るんだな」の高揚感を感じてほしいと考えたそうです。

さすがプロ中のプロ、東急にデモテープを提出する際、この話をしたら一発OKが出たそうです。半分ジョークですが、お堅い鉄道会社が相手の場合、普段は感覚重視の音楽家も説得力が必要なんでしょうね。

フォーラムでは、鉄道車両の音響効果にも言及しました。「実は九州新幹線はバスレフ効果(一部を開放して低音が鳴るようにしたスピーカーボックス)で、良い音が出ます。新幹線に乗車した外国人の方が『日本の列車は音がいい』と思えば、鉄道の魅力アップにつながるのでは……」のアイディアを出しました。

シミュレーターからホームドアまで 国際見本市にも出展

向谷さんが社長を務める音楽館は1985年創業で、当初は社名通り録音機器をレンタルしていました。音楽を離れて1995年に発売したパソコン用列車運転シミュレーターが「トレインシミュレーション中央線」。世界初の電車運転ゲームだったそうです。当初はJR東日本グループの映像を使い、使用許可に複数年を要する苦労もありました。

当時の秋葉原では「こんなの売れない」と言われたそうですが、予想に反して大ヒット。良好な出来栄えに、鉄道事業者が社員・職員訓練用に採用するおまけも付きました。鉄道趣味が高じてプロ仕様になった珍しい例といえるでしょう。最近も運転手と車掌が同時に訓練できるシミュレーターを開発するなど、今やすっかり鉄道人の顔です。

音楽館が最近、力を入れるのがホームドア。ドア代わりにパイプ状ドアパネルを採用し、大幅な軽量化を実現しました。音楽館は2018年9月にドイツ・ベルリンで開かれた鉄道の国際見本市「イノトランス」にも、JR東日本などと共同出展しています。

文:上里夏生


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