若狭地蔵は大岡越前と同じ歳【駅ぶら04】西武池袋線053

2020.10.30

※2020年8月撮影

トップ画像は、西武池袋線狭山ヶ丘駅から小手指駅に向かう上り列車からの前面展望。前回ご覧いただいた小手指車両基地を撮るために上り列車で前面展望を撮っていたのです。車両基地の手前で下り急行飯能行とすれ違ったのでした。

前回狭山ヶ丘駅から「若狭地蔵市民の森」に着いたところまででした。所沢市には「市民の森」が整備され、市内四ヵ所8.14ヘクタールの雑木林を保全しています。都市化・宅地化で失われていく地元の自然林を守る取組です。

前回も書きましたが深大寺植物園内にも武蔵野の雑木林を保存している一画があります。筆者はある時期すぐ近くに住んでいたので散歩コースの一部として頻繁に訪れていたのです。

その保存林の記憶から「武蔵野の原生林」はこちら側のイメージです。

※2020年9月撮影

しかし、国木田独歩の『武蔵野』を読む限りはこちらの方が「武蔵野の林」のイメージです。もちろん、厳密に考える必要は無いと思います。(笑)

※2020年9月撮影

クヌギ、コナラ、ヤマザクラなどが主になった雑木林です。9月も末でしたが、真夏の様に蝉たちが鳴いています。

※2020年9月撮影

若狭地蔵というくらいですから、森の中に祠があります。「若狭」はこのエリアの古くからの地名です。

※2020年9月撮影

若狭地蔵市民の森は、若狭小学校に隣接しています。古文書などには、延宝四年三月造立の若狭地蔵とある様です。延宝四年は、1676年。時代劇でお馴染みの「大岡越前=大岡忠相/ただすけ」が生まれた年です。

※2020年9月撮影

緑一色の中に赤い一隅があります。

※2020年9月撮影

彼岸花/曼珠沙華(マンジュシャゲ)の咲く季節になったのですね。不思議な花ですが、地下の球根は強い毒性があり要注意。でも水にさらし毒抜きをした球根が救荒作物として食べられていたことで全国に広がったという説もあります。多摩川の中流域を散歩していて河原一面が赤くなるほど彼岸花が咲いているのに出くわして吃驚したことを思い出しました。

※2020年9月撮影

しばらく蝉時雨を聞きながら放心。

※2020年9月撮影

ちょうど下校時刻らしく若狭小学校の子供たちが三々五々市民の森の横を通って行きます。筆者もいっしょに通りまで戻って横断歩道にいた「みどりのおばさん(学童擁護員)」に近くにある「若狭山の神 市民の森」のことを訊きました。「若狭地蔵の森と何も変わらないわよ」とのこと。それで、さらに500m駅から離れるのは止めにしました。

その横断歩道を渡ったコンビニの駐車場の脇にも「若狭いこいの森公園」があります。緑の多いエリアです。

※2020年9月撮影

狭山ヶ丘駅西口に戻って東西自由通路で東口に行きます。跨線橋から飯能・秩父駅側を見ることができます。セメント輸送時代の貨物ホームが見えます。

※2020年8月撮影

1993年(平成5年)に開設された東口に降ります。

※2020年8月撮影

駅前ロータリーがあります。左奥のセレモニー狭山ヶ丘ホール以外は集合住宅が並んでいます。

※2020年8月撮影

狭山ヶ丘駅東口。集合住宅の一階は店舗になっています。

※2020年8月撮影

実は「ぎょうざの満州」があったのでお昼を食べるか悩みました。胃が不調で食欲が無かったので諦めました。暑いからと言って、冷たいお茶の飲み過ぎですね。

では次の駅に行きます。

【駅ぶら04】西武池袋線054 に続きます。

(写真・文章/住田至朗)


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