円照寺と旧・入間川橋梁【駅ぶら04】西武池袋線

2020.11.13

※2020年7月撮影

トップ画像は、西武池袋線元加治駅近くのお寺、円照寺の池にいたザリガニ(アメリカザリガニ)。筆者が子供の頃、世田谷区の小学生はザリガニを捕まえて遊んだものでした。お寺の池の水がキレイなのと、太陽光が射した瞬間だったのでジッとしていないザリガニが上手く撮れました。

いきなりザリガニで、失礼いたしました。元加治駅の池袋駅側踏切を渡るとすぐに光明山円照寺の山門があります。右には地蔵尊が三体安置されています。

※2020年7月撮影

真言宗智山派。説明板などによると、武蔵野七福神のひとつ元加治辨財天が祀られています。武蔵野三十三観音霊場第二十二番。開基は地元の豪族加治氏。13世紀初頭に親族の菩提を弔うために開いた寺で、加治氏の菩提寺です。

山門の脇から境内に入ります。山門を入ると池ですが、その手前にこちら(北)を向いた不動堂があります。

※2020年7月撮影

不動堂は、1779年(安永8年)の再建。寄棟造りの屋根は、元は茅葺きでしたが、瓦葺きに替えられ、現在は銅板葺になっています。軒を支える垂木が扇垂木であることや正面の赤い扉が桟唐戸(さんからと)など禅宗様の特徴と側面には和様と異なる様式が組み合わされています。

※2020年7月撮影

お池には赤い橋と弁天堂。右は本堂。

※2020年7月撮影

池は2つならんでいます。

※2020年7月撮影

池の奥にお寺の本堂。

※2020年7月撮影

本堂側から弁天堂の正面に行くことができます。

※2020年7月撮影

池の南側に国指定重要文化財の板碑が保管されています。

※2020年7月撮影

円照寺には、加治家累代の供養板碑が残されていますが、その中でも道峯禅門(どうほうぜんもん)(加治家貞)の銘が見える供養板碑は、第14代執権だった北条高時が新田義貞の攻撃により東勝寺において自刃したことによって、鎌倉幕府が滅亡した日、元弘三年(1333)5月22日の紀年銘がある貴重なものです。幕府方についた家貞もこの日に鎌倉で死亡したものと思われます。

※2020年7月撮影

池袋線の架線が見えます。手前が鐘楼、奥に大師堂。

※2020年7月撮影

円照寺を出て、旧・入間川橋梁の方に来ました。旧・入間川橋梁の西側部分です。ガードレールの向こう側から旧・橋梁です。夏草で何だかヨク分かりませんねぇ。左に現役の入間川橋梁を渡る西武池袋線の車両が見えます。

※2020年7月撮影

ちょっと斜めからは、旧・橋梁が見えます。

※2020年7月撮影

望遠レンズでアップにしてみました。意外に細部も見えます。

※2020年7月撮影

西側、橋梁の始まり部分。プレートガーダー桁の下は道路になっていますが、高さが160cm、大人は頭をぶつけない様にご注意ください。

※2020年7月撮影

上流側の道路橋「上橋」から新(奥)・旧(手前)の池袋線入間川橋梁が見えます。

※2020年7月撮影

池袋駅方面に向かう下り列車が、奥の現役の入間川橋梁を渡ってゆきます。重なっていて分かり難いですね。

※2020年7月撮影

右の旧・橋梁の橋脚手前(上流)側に切石積みの水切りがハッキリ分かります。これが長い間、川が氾濫した際の流木などから橋脚を守ってきたのですね。

※2020年7月撮影

もう少し旧・入間川橋梁の周囲を川の瀬音を聞きながらブラブラしたかったのですが、次の飯能駅に向かうことにします

(写真・文章/住田至朗)


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