JR室蘭本線は、長万部~岩見沢までの本線211.0㎞と、東室蘭~室蘭まで7.0 kmの支線で構成される路線です。沼ノ端~長万部及び沼ノ端~室蘭は特急が走るなど、札幌圏と道央・道南を結ぶ幹線として位置づけられていますが、岩見沢~沼ノ端は本数が少なく、ローカル線のイメージを色濃く残しています。のどかな沿線の情景を全6回に分けて紹介します。

室蘭本線の歴史

石炭輸送のために鉄路が敷かれた

室蘭本線は、幌内(現在の三笠市) や夕張などから石炭を運ぶ目的で、1892年8月1日に「北海道炭礦鉄道室蘭線」として室蘭~岩見沢が開業しました。当時は石炭を満載した貨車を連ねた蒸気機関車が往来するなど、大動脈として位置づけられていました。

各駅に貼られている「支えよう鉄路」のポスター

昭和50年代ごろから石炭輸送の終焉による産業の衰退、少子高齢化や沿線住民の減少、自家用車の普及など様々な要因により同区間の乗客数は減少します。1975年と2018年の輸送密度の比較では約6分の1にまで減少。現在は1両編成のディーゼルカーが数往復する名ばかりの本線になってしまいました。ただし乗客数が減少したからと言って、同区間の魅力が薄れたわけではありません。沿線は四季折々の景色が美しく個性あふれる路線です。

市民憩いの場に生まれ変わった4代目岩見沢駅

高架駅として生まれ変わった岩見沢駅

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岩見沢駅からJR室蘭本線の旅を始めます。北海道の地名の多くがアイヌ語に由来しているのに対し、岩見沢は開拓使がこの地で湯浴み(ゆあみ)をして疲れを癒したため、「浴澤(ゆあみさわ)」と呼ばれたことが由来とされています。

岩見沢駅は1884年8月15日に簡易停車場として開業しました。かつては幌内炭鉱(三笠市)や空知炭鉱(歌志内市)をはじめとする空知地方の石炭を手宮・室蘭・苫小牧の港へ運ぶ貨物列車が往来していましたが、各炭鉱の閉山と共に姿を消し、現在は札幌圏への通勤客の輸送が主な役割となっています。

全国でも珍しくコンペによりデザインが決定

現在の駅舎は4代目で2009年3月30日に全面開業しました。2000年12月10日に漏電が原因と思われる火災が発生し、3代目の駅舎が焼失。しばらくプレハブでの営業が余儀なく行われていましたが、2005年に新しい駅舎を建設するために「岩見沢駅舎建築デザインコンペ」を実施。全国初の公募で佐賀県在住の西村浩さんのデザインが選定されました。

「鉄道の街として栄えた記憶をよみがえらせる」がコンセプト

それぞれの思い出が刻まれている

コンセプトは「古レールと北海道産の赤れんがを駅舎に使い、鉄道の街として栄えた記憶をよみがえらせる」。地元の人やコンセプトに共感した人を巻き込みたいと、広く寄付を呼び掛け、「元鉄道マンの亡き父が退職した地」、「プロポーズをした場所」など、 それぞれの思い出を刻んだレンガが、外壁のアクセントに使われています。

夏の日差しを浴びてくつろぐ人々

これまでの岩見沢駅は「列車に乗るための場所」というイメージでしたが、4代目岩見沢駅は「集いの場」といった趣。駅前は緑豊かな公園となり、市民が足を休めたり、くつろぐ光景が見られます。複合駅舎には農作物を売る店や観光案内所があり、降り立つだけで岩見沢の素晴らしさを感じずにはいられません。

鉄道ファンが目を輝かせるグッズを販売

観光案内所では、国鉄が初めて北海道向けに開発した電車「711系」のグッズを販売。Tシャツやトートバッグなどの実用品から711系の塗装の一部など、鉄道ファンが欲しくなる珍しいグッズも充実しています。

「鉄道の街」として栄えた岩見沢駅。そこには鉄道を守ってきた先人の誇りが凝縮されていました。室蘭本線の旅を始める駅として相応しい風格が漂っています。

文/写真:吉田匡和

【次回】
今乗っておきたい「室蘭本線・岩見沢~沼ノ端」 駅周辺を楽しむ旅(2)
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