最近の京葉線車両は中央線とはバージョン違いのE233系電車が主力になっているようです。 イメージ写真:tarousite / PIXTA

新型コロナに揺れた2020年は、鉄道事業者にとって地域密着や沿線街づくりの重要性を改めて思い知らされる年だったのかもしれません。流行語になったステイホームやリモートワークで自宅で過ごす時間が増え、人々には自分たちの街を見直すきっかけになりました。

鉄道会社の沿線開発といえば、戸建てやマンションの不動産事業、関連事業としての駅ビルやホテルが思い浮かびますが、最近は駅型保育園や医療機関、ビジネススペースといったサービス施設を開設するケースが増え、他業界との協業も目立つようになってきました。最近の各社の取り組みから、2つの事例を紹介します。

沿線の個性を引き出し人口拡大を

JR東日本の中央(南武)線と京葉線での事業展開(イメージ)。京葉線路線図の新習志野―海浜幕張間には建設中の〝幕張新駅〟が表記されています。 画像:JR東日本

JR東日本は2020年12月8日の深澤祐二社長の定例会見で、「沿線くらしづくり構想」という新しい考え方を発表しました。発表資料には、「沿線の個性を引き出し、世代を超えて暮らしやすい新たな生活空間を創造。地域の皆さんとともに歩む沿線となることで、沿線人口の拡大を目指します(大意)」とあります。

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実際に力を入れるのは、安心で便利な新しい暮らし方の提案に加え、その沿線ならではの新規事業への挑戦。具体的な案件には、「スマート健康ステーション」「在来線で運んだ地域産品の販売」「駅改札などでの購入商品の受け取りサービス」が並びます。さらには、新しい働き方を実践できるワークスペース整備、FCVに代表される新しいモビリティと鉄道を連携させるなど、総体としてのESG経営を志向します。

用語を補足説明すれば、FCVはFuel Cell Vehicleの頭文字で、究極のエコカーとされる燃料電池自動車のこと。ESG経営は現代企業の成長に欠かせない3要因のEnvironment(環境)、Society(社会)、Governance(統治)を表し、要は社会に必要とされる企業を目指すということです。

いい意味で日本一の鉄道会社らしい表現だと思いますが、私なりに〝超意訳〟させていただければ、「さまざまなシンクタンクや不動産会社が発表している『住んでみたくなる街ランキング』で、上位に来るような駅や沿線を創り上げること」と言い換えられるように思います。

JR東日本の資料からキーフレーズを一つ抜き出せば「沿線人口の拡大」。日本が本格的な人口減少社会に移行しするこれからの時代、首都圏人口も増加から減少に転じ、鉄道事業者間の競争が始まるとされます。沿線人口は鉄道会社の基礎体力を表すバロメーター。活力ある沿線や駅を創り上げて事業基盤を維持・強化するのが、JR東日本の基本姿勢といえるでしょう。

中央線と京葉線が実行線区

中央線を行くE233系電車。グリーン車2両を増結で現在の10両編成から12両編成になります。 イメージ写真: あやともしゅん / PIXTA

前置きが長くなりましたが、ここからJR東日本の「沿線くらしづくり構想」の紹介に移ります。構想実現の最初の線区に選んだのは中央線(南武線の一部含む)と京葉線エリアです。線区選定の理由は資料に書かれていませんが、中央線は2023年度末のグリーン車サービス導入方針を打ち出しています。京葉線は東京オリンピック・パラリンピック会場や大型テーマパークが沿線に点在し、リゾートラインの性格も持ちます。

両線区では、駅と駅ビル、高架下空間のサービス施設が相乗効果を高めながら、ICカード乗車券のSuicaやJR東日本の共通ポイント・JRE POINTを同社と利用客をつなぐツールとして活用。総合交通基盤のMaaSや駅ショップ購入品配送の物流、駅のフロントサービスなどを総合的に展開して、鉄道利用客はもちろん利用客以外にもサービスをして企業の存在感を高めます。

実際の事業展開では、処方せんがなくても一部医薬品を購入できる薬局を中央線西国分寺駅にエキナカ初出店。京葉線海浜幕張エリアでは、麺をゆでるロボットなどを活用した飲食店舗を開設します。FCVやシェアサイクルといったモビリティ拠点整備にも乗り出します。

果物・野菜や魚介類を列車で運ぶ

在来線特急などを活用した商品配送のイメージ写真。既に新幹線などで定着した物流手法を応用します。 画像:JR東日本

新規事業では、在来線特急をはじめとする鉄道ネットワークの活用で、果物・野菜、魚介類を八王子や海浜幕張などの駅に運んで販売。駅や高架下にビジネス志向のシェアリングスペースを設けて、地域ビジネスが生まれる場を創出します。

駅改札などでは駅で展示する商品を販売するほか、オンラインサイト「JRE MALL」の注文商品を受け渡します。さらに2050年までに二酸化炭素(CO2)排出量実質ゼロを目指す「ゼロカーボンシティ」実現に向け、環境やエネルギー分野のベンチャーキャピタル(スタートアップ企業への出資会社)との協業や実証実験に取り組みます。

中央線エリアでは、グループ会社を一部再編して、事業基盤を強化。京葉線エリアでは、JR千葉駅ビルを運営する千葉ステーションビルが沿線くらしづくりを主導します。

関東は横浜、関西は西宮北口がトップ

ここで中休みをいただいて、人々はどんな街に住んでみたいと思っているのか。不動産・住宅サイトSUUMO(スーモ)の「みんなが選んだ住みたい街ランキング2020・関東」を見てみましょう。

ベストテンは、①横浜(JR東海道線) ②恵比寿(JR山手線) ③吉祥寺(JR中央線) ④大宮(JR東北線) ⑤目黒(JR山手線) ⑥品川(同) ⑦新宿(同) ⑧池袋(同) ⑨中目黒(東急東横線) ⑩浦和(JR東北線)。複数鉄道が乗り入れる駅は代表線区ですが、とにかくJR東日本の圧勝、横浜や浦和を例外に、皆さん東京都心に暮らしたいと思っているんですね。

SUUMOは「住みたい街ランキング2020・関西」も発表しています。こちらは ①西宮北口(阪急神戸線) ②梅田(大阪メトロ御堂筋線) ③神戸三宮(阪急神戸線) ④なんば(メトロ御堂筋線) ⑤天王寺(同) ⑥夙川(阪急神戸線) ⑦江坂(メトロ御堂筋線)、千里中央(北大阪急行) ⑨岡本(阪急神戸線) ⑩京都(JR東海道線)。梅田、三宮、なんば、天王寺はJRや別の私鉄も通っていますが、関東に比べるとバラけている気がします。

「〝なんかいいね〟があふれてる」

南海電鉄のイメージリーダー・空港特急「ラピート」(50000系電車)は1994年のデビューから2020年で早くも27年目を迎えました。私のようなシニアファンはユニークなスタイルに思わず「鉄人28号」のニックネームを叫びたくなります。 イメージ写真:鉄道チャンネル編集部

最後は関西ランキング4位、なんば駅を拠点ターミナルとし、ブランドイメージ向上に成果を上げる関西私鉄の雄・南海電気鉄道の取り組みを披露しましょう。

南海は創業130周年を迎えた2015年度からブランドイメージ向上プロモーションに乗り出し、企業認知度向上を目指した当初のブランドスローガン「愛が、多すぎる」を、2018年度から「〝なんかいいね〟があふれてる」として、鉄道事業のほか関連事業でもイメージアップを図っています。

これ以上の説明はヤボかもしれませんが、「なんかいいね」は、もちろん社名の掛け言葉。いいねはSNSでおなじみの指マークです。直近では、なんば駅の商業施設のなんばパークス・なんばCITY・なんばスカイオが「クリスマスってなんかいいね」キャンペーンを共同展開しています。

南海は、2018年に策定した向こう10年間の中長期計画「南海グループ経営ビジョン2027」で10年後の企業像を「満足と感動を通じて、選ばれる沿線、選ばれる企業グループとなる」としましたが、これってまさに沿線街づくりですよね。

南海沿線といえば、何はなくても関空(関西国際空港)と高野山。南海のユニークな沿線ブランディングでは2020年秋に、高野山の開祖・空海と高野線開通の経緯などを題材にしたオリジナルのマンガ冊子を制作、沿線の小学生に配布しています。

空海と南海電車が並ぶ南海のマンガ冊子 画像:南海電鉄

文:上里夏生