交通新聞社新書の2月新刊『大相撲と鉄道』が物凄かったので筆を執ることにしました。著者は木村銀治郎さん。土俵の上で軍配を持つ「行司」さんであり、大の鉄道ファンでもあります。

筆者は相撲に詳しくないので、お恥ずかしながら行司さんが勝負結果の判定以外どんな仕事をするのか全く知らなかったのですが、本書を読めば場内アナウンスや取組編成会議の書記役、地方巡業における勧進元との折衝補佐など、様々な仕事をこなす縁の下の力持ちであることが分かります。

力士や関係者を運ぶ「相撲列車」の手配も仕事のうち。たまにテレビで「相撲列車が到着」というニュースが流れますが、それを仕切っているのも行司さんというわけですね。「旅客営業規則」や「旅客営業取扱基準規定」を活用し、3桁にも及ぶ力士や関係者を滞りなく運びます。

ADVERTISEMENT

力士を運ぶと一口に言っても、一筋縄ではいきません。体の大きさから考慮すべき点も多いようで、たとえば「お尻が大きいと物理的にグリーン車に乗れない」「力士三人で三人掛けの席を使用するため、身体の大きさに合わせて席割を考える」など、苦労が偲ばれます。他にも……

・シートとシートのわずかな隙間にマゲを収納する力士もいる
・力士から運転士に転身した人がいる

といったお話も。「峰崎親方&銀治郎さんインタビュー」では「はつかり」の食堂車でビールを全て買い上げて米軍にも振る舞うといった豪快な思い出話から、「それ公言していいの?」と感じるようなおおらかな時代のエピソードも掲載されており、読み進めていくうちに次第に真顔になっていったほど。相撲と鉄道の知られざる歴史がガンガン暴露されていきます。

特に面白かったのが、「ヨン・サン・トオ」のダイヤ改正からおよそ四カ月前、第56代横綱若乃花(2代目)と第59代横綱隆の里が二子山親方と一緒に上京する際に乗車した「寝台特急ゆうづる」の話。

前代未聞の出世列車として有名なエピソードではあるのですが、「何時何分発のゆうづるだったのか」といった具体的な情報を書いた文献は見当たらなかった、と本書にはあります。鉄道ファンであると同時に相撲の世界の人間である木村銀治郎さんは、時系列を整理しながら、時刻表や各人の証言と照らし合わせ、三人が乗った列車を考察していきます。

能町みね子さんの柔らかなイラストを添えて、「相撲列車」にまつわる数々のエピソードを開陳していくだけでなく、謎に包まれていた伝説の列車の正体にも迫る。相撲ファン・鉄道ファンでなくとも必読の、知的好奇心を刺激される一冊でした。

文:一橋正浩