突然幕を下ろした札沼線非電化区間 廃止1年後の沿線を訪ねて(1)

2021.05.29

かつて札沼線は函館本線・桑園駅(札幌市)と、留萌本線・石狩沼田駅(沼田町)を結ぶ、総延長111.4kmの路線でした。1972(昭和47)年6月18日に新十津川〜石狩沼田間が部分廃止され、2020(令和2)年5月7日をもって新十津川~北海道医療大学間も廃止されることが決定しました。同日は多くの人に最終列車が見送られる予定でしたが、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言を受けて4月17日をもって全面運休となり、突然の幕切れを迎えました。あれから1年、沿線や駅はどう変わっているのか。現地を訪れました。

※鉄道チャンネル編集部:一部を除き、写真は2021年4月取材時に撮影されたものです。本連載は全5回を予定しております。

札沼線の歴史

札幌市内にありながら国鉄の面影を色濃く残す篠路駅

札沼線は留萌本線・石狩沼田駅と、函館本線・桑園駅から鉄道が敷設され1935(昭和10)年10月3日に全線開通しました。札幌市と沼田町を結ぶことから「札沼線」と命名されています。かつては月形炭鉱から採石された石炭を留萌港に輸送する役割を担っていましたが、1963(昭和38)年に月形炭鉱が閉山。1972(昭和47)年6月19日に新十津川~石狩沼田間が廃止されました。

1991(平成3)年3月16日に一般公募により「学園都市線」の愛称が付けられた

桑園~北海道医療大学間が電化・複線化される一方で、輸送密度が低い北海道医療大学駅以北は減便が続き、新十津川~浦臼間は一日1往復に。最終列車が午前中に出発することから新十津川駅は「日本一最終列車が早い駅」として有名になりました。

終着駅となった北海道医療大学駅

北海道医療大学駅のホームから100mほど離れた線路上に終着駅の証である車止めが雪に埋もれていました。踏切のレールは撤去されていますが、それ以外は1年前のまま。鉄道会社は維持も廃止もお金がかかるのでしょう。ここから、かつての終着駅「新十津川」まで足を延ばします。

石狩金沢駅

地名は金沢出身の開拓者、松村市三郎にちなんで命名

石狩金沢の地名は、この地に入職した金沢出身の松村市三郎にちなんで名づけられたと言われています。北陸本線・金沢駅と区別するため、頭に「石狩」が付けられました。

廃止を見守ることができなかった人気日帰り温泉

惜しまれながら幕をとした「開拓ふくろふ乃湯」

かつて石狩金沢駅の近くに「開拓ふくろふ乃湯」という日帰り温泉がありました。露天風呂からの眺めが素晴らしい温泉でしたが、諸事情により2019年11月下旬の冬季休業から、そのまま無期限休業となりました。札沼線非電化区間廃止を受けてグッズを作成するなど再開を模索していたところに、新型コロナウィルス拡散防止の「緊急事態宣言」が発令。経営が困難になり、「開拓ふくろふ乃湯」は永久の眠りについたのでした。

本中小屋駅・中小屋駅

雪に埋もれた本中小屋駅。鉄道を維持管理する難しさが伝わる
石狩金沢駅・本中小屋駅・中小屋駅は余剰になった車掌車を再利用

ふたつの駅は、かつては木造の駅舎の有人駅でしたが、廃止当時は余剰になった車掌車を利用した単式ホーム1面1線の無人駅でした。中小屋駅近くには100年以上の歴史を持つ「中小屋温泉」がありますが、札沼線を使ってくるお客さんはほとんどいませんでした。

誰のために列車が走っていたのか?

すでに廃駅の雰囲気を漂わせていた中小屋駅(2019年11月撮影)

月形町に住む女性に札沼線の利用について話を聞くことができました。ひとりは「私自身乗ることはありませんし、娘が札幌の大学への通学で利用していましたが、卒業後は乗ることがなくなりました」と話し、別の女性は「クルマ社会ですから札沼線に乗ることはありません」と言い切ります。貨物輸送が廃止され、モータリゼーションによって旅客輸送という目的も失った鉄路。「これまで札沼線非電化区間は誰のために存在していたのだろう」という疑問が残りました。

文/写真:吉田匡和

【次回】突然幕を下ろした札沼線非電化区間 廃止1年後の沿線を訪ねて(2)
https://tetsudo-ch.com/11375952.html


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