東京市電、円太郎バス、都電、都バス…激動を生き抜いた車庫と特設サイトから都営交通のルーツを探る

2021.04.30

「大正十二年九月一日 関東大震災。東京市の電車軌道は、ほとんど破壊された」

「そこで東京市では、乗合自動車八百両を購入。翌十三年一月十八日、運行を開始」

「それが日本の公営バスの始まりとなった」

1923(大正12)年の関東大震災から98年。いまの都営地下鉄や都営バス、都電荒川線などのルーツが、冒頭の「東京市の電気軌道」。

大正13年の路線図をみると、いまそのルートにちかい地下鉄やバスが脈々と走り継がれているのがわかる。

都電荒川線もそう。当時の路線図には、大塚駅前と王子駅前を結ぶ路線や、王子駅前と三ノ輪を結ぶルートも描かれている。

こうした路線網が関東大震災で壊滅的な被害を受け、東京市電気局はその翌年、市電が復旧するまでの代替策として、アメリカ フォード社 からバス800両を購入。

巣鴨~東京駅と中渋谷~東京駅の間に、11人乗りワンマンカー「円太郎バス」を走らせた。

↑↑↑画像は8年前、都営バス巣鴨営業所。

この巣鴨車庫は、震災前まで東京市電の車庫、震災直後は円太郎バス、そして復興とともに、再び都電の電車もいあわせる風景をみせ、いまもこうして都営バスの基地として受け継がれている。

巣鴨車庫が出現したのは1913(大正2)年だから、100年以上も、都営交通の車両基地として、脈々と継承され続けている拠点のひとつといえる。

―――こうした都営交通の歴史を体感できる、特設サイトが立ち上がった。

「円太郎バス(東京市営乗合自動車)」特設サイト(https://project-toei.jp/entaro/)。

2020年、「円太郎バス」が自動車として初めて国の重要文化財に指定されたのを記念し、開設された特設サイトで、「円太郎」という名の由来や、円太郎バスの運転手になりきり、8つの系統を運転体験できる「円太郎バスうごく影絵」というコーナーなどもある。

東京都交通局の前身、東京市電気局が、乗合自動車事業を開始するきっかけとなった車両、「円太郎バス」。関東大震災後の東京の復興を支えたくるまを「うごく影絵」で体験しながら、その歴史と“生きるパワー”を、体感してみて。

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