【木造駅舎カタログ】岩徳線001/58 西岩国駅

2021.09.27

※2020年8月撮影

トップ画像は、岩徳線西岩国駅。駅前の県道15号「欽明路道路」にかかる歩道橋からのベストショット。

個人的に西岩国駅は「大型近代建築系木造駅舎」で、日田彦山線「彦山駅」、そして鹿児島本線門司港駅と並ぶベスト3というかオンリー3のひとつです。

こちらは駅前広場から。

※2020年8月撮影

岩徳線は、起点が岩国駅、終点が櫛ケ浜駅の43.7km。全線非電化単線です。

1934年(昭和9年)全通した現在の岩徳線は、当初山陽本線の短絡線として計画され旧山陽道に沿うルートで建設されました。いったん山陽本線に組み入れられ、現在の山陽本線は柳井線と改称。しかし、山陽本線の複線化にあたって勾配とカーブの多さ、何よりも欽明路トンネル(3,149m)や中山トンネル(1,410m)などをさらに複線分掘らなければならないことなどから、複線化はいったん柳井線に改称された元の山陽本線側で実施されることになり、岩徳線に改称され地域輸送路線となりました。山陽本線は電化されましたが、岩徳線は非電化単線のままです。

岩徳線で運行される列車本数は少なく、例えば下りは、朝8時台の次は11時台まで無く、その後も13時、16時と8時間に3本しか運転されません。青春18きっぷでの駅舎撮影は時間的にシンドイのでレンタカーです。

西岩国駅は1929年(昭和4年)岩徳線部分開業時の終着駅として開業。当初は岩国駅を名乗っていました。その時点までの山陽本線岩国駅は麻里布駅に改称。1934年(昭和9年)山陽本線が麻里布駅から櫛ヶ浜駅間になり、旧山陽本線は柳井線と命名されます。

1942年(昭和17年)西岩国駅に改称され麻里布駅が元の通りの岩国駅に再改称。1944年(昭和19年)柳井線が山陽本線に戻され、岩国駅から櫛ヶ浜駅間は岩徳線になりました。

1979年(昭和54年)開業50周年で駅の復元工事が実施され待合室の照明、ベンチと共に改札口の柵も復元されています。当時の駅員は駅長以下12名。国鉄分割民営化でJR西日本の駅になり、1992年(平成4年)無人駅になりました。2006年(平成18年)国の登録有形文化財に登録されました。

何時間でも眺めていたくなります。ただし、暑くなければ。(笑)

※2020年8月撮影

駅出入口アップ。2004年(平成16年)地元NPO法人の「ふれあい交流館西岩国」が置かれ、簡易委託駅になります。駅舎もJR西日本から岩国市の所有になっています。右には登録有形文化財の銘板。ホームに錦川鉄道錦川清流線の車両。

※2020年8月撮影

駅前広場、南西から。

※2020年8月撮影

アップで。登録有形文化財の登録に関する文章「岩徳線開業時に岩国駅として建設。木造平屋建,寄棟造,桟瓦葺で,玄関上部に切妻壁を飾る。外壁はモルタル塗とし,半円アーチ意匠の上下窓を整然と配す。玄関ポーチは3連の弓形アーチと高欄意匠のパラペットで飾る。プラットホーム上屋と平屋建の付属棟が接続。」が見てとれます。

※2020年8月撮影

北東から。

※2020年8月撮影

ここまで回った方が寄棟屋根が分かります。

※2020年8月撮影

駅舎前に昭和54年(1979年)の西岩国駅駅長による駅の由来。

※2020年8月撮影

駅前に飾られている木炭自動車。戦時下で燃料のガソリンが軍用に独占され、民間では木炭自動車が使われた、と教科書などで習った記憶があります。昭和期に使われていた木炭ガス発生装置を再現し制作した市民が岩国市に寄贈したものです。

※2020年8月撮影

大がかりなガス発生装置が後部にあります。

※2020年8月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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