【木造駅舎カタログ】宇部線003/66 岩鼻駅

2021.10.05

※2020年8月撮影

トップ画像は、宇部線岩鼻駅。今回はハッキリ言って大ピンチ。

この岩鼻駅、アプローチが駅に上がって行く30mほどの坂道が一本あるだけなのです。言い換えれば、線路の反対(ホーム)側に行かない限り駅舎はこの方向でしか撮影できないのです。しかも坂道は広くありません。

※2020年8月撮影

駅への坂道は駐輪場になっています。

※2020年8月撮影

しかも狭い崖の上にある駅舎は、宇部線に沿って建っています。つまり駅舎の妻側しか見えません。

※2020年8月撮影

岩鼻駅の歴史は古く、1914年(大正3年)宇部軽便鉄道が宇部新川駅から藤山駅(後の藤曲駅)~宇部駅の旧線を開業した際に停留場として設けられました。1941年(昭和16年)停車場になります。

※「停留場」と「停車場」の違いは何か、というと。まず「停車場」は駅を含む広い概念で操車場、信号場などを含め列車が発着する場所は全て「停車場」です。「停留場」はその中で場内信号機・出発信号機を設備していないものを言います。

1943年(昭和18年)国有化され、1945年(昭和20年)宇部西線貨物支線として居能駅~岩鼻駅間が開業。その後、宇部東線が宇部線に、宇部西線は、小野田線に改称されます。1952年(昭和27年)小野田線貨物支線だった居能駅~岩鼻駅間が宇部線に編入。宇部駅(現・宇部新川駅)から岩鼻駅間は居能駅経由の新線に切り替えられました。旧線は廃止。国鉄分割民営化でJR西日本の駅になり1990年(平成2年)無人駅になりました

※2020年8月撮影

曇っていますが、この日の山口県の最高気温は36℃を越えていました。うだる様な暑さで戸外を歩く人の姿はありません。

※2020年8月撮影

望遠レンズで駅出入口。建物財産標によれば昭和13年9月。1938年。我が国では国家総動員法が公布・施行され戦争への足音が高まっていました。無人駅ですが窓口は残っています。小さく光っているのは乗車券販売機。

※2020年8月撮影

駅前の眺め。線路の山側に行くには宇部新川駅側に250mくらい、駅の南東にある踏切まで行きます。反対の宇部駅側はさらに遠く北に300m以上あります。宇部線の東側には大迫池と岩鼻公園が広がっています。機会を見つけて線路の反対側から駅舎を撮って追加したいと思います。

※2020年8月撮影

宇部線の木造駅舎はここまでです。次回は美祢線の木造駅舎を見てゆきます。

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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