※2023年6月撮影

トップ画像は、飛田給駅の北、400mほどの甲州街道上に架けられた大きな歩道橋から「味の素スタジアム」。

西側に「武蔵野の森総合スポーツプラザアリーナ」があります。

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※2023年6月撮影

歩道橋から飛田給駅方面。流石に駅は見えません。

※2023年6月撮影

甲州街道の新宿方面。黄色い矢印の場所に「1964年東京オリンピック マラソン折返し地点」の記念碑があります。この後見に行きます。

※2023年6月撮影

「スタジアム通り」は甲州街道を越えて木々の中、北にのびています。

※2023年6月撮影

「味の素スタジアム」正面。サッカーの試合を見に来たコトがありますが、その時は人の多さで風景を記憶していません。ちょっと空模様が心配になってきました。

※2023年6月撮影

歩道橋上の「味の素スタジアム 案内マップ」、右図の上方、赤い丸が「調布市史跡 近藤勇生家跡」です。当初は歩いて行こうと考えていましたが、ひどく蒸し暑い上にちょっと雲行きが怪しくなってきたので片道約2kmを往復するのは中止しました。暑さの中、往復1時間歩く自信はなかったのです。

※2023年6月撮影

こちらは2009年(平成21年)9月、散歩で行った時の「近藤勇生家跡」の写真です。とくに建物などが残っているワケではありません。

※2009年9月撮影

歩道橋から降りて「味の素スタジアム」の駐車場。イベントがないので閑散としていました。

※2023年6月撮影

これが東京オリンピックのマラソン「折返し地点」の記念碑。

※2023年6月撮影

1964年(昭和39年)小学生だった筆者は千歳烏山の甲州街道でPUMAを履いたアベベ・ビキラに声援を送りました。ローマ・オリンピックのマラソン覇者、裸足のアベベも東京ではシューズを履いていました。

「味の素スタジアム」レストランエリアに「カピトリーノの雌狼像」があります。

※2023年6月撮影

「この像は、ローマを建国したロムルスとその双子の兄弟レムスが雌狼に育てられたという伝説を表したものです。東京都・ローマ市友好都市提携5周年および「日本におけるイタリア2001年」を記念して、ローマ市から寄贈されました。2001年11月 東京都」というプレートがありました。

ロムルスがローマという名前の元になっています。

余談です。

筆者は、「カピトリーノの雌狼」を見ると2003年(平成15年)まで存在していたイタリアの石油会社アジップ(Agip Petroli S.p.A)のロゴ(6本足の犬)を思い出します。(後継会社のeniも同じロゴを使用)20世紀イタリアを代表するロゴ・デザインの傑作です。この犬、何と方眼紙の上でコンパスを用いて描かれているのです。(デザインの教科書で見ました)

日本神話の八咫烏(やたがらす)の三本足とも通底するものを感じます。こちらは日本サッカーチームのシンボルマークですが。

最後は、7月炎天下の写真で飛田給駅に戻って来ました。

※2023年7月撮影

駅前には、暑さ対策でミストが吹き出していました。12時には35℃を越えます。

※2023年7月撮影

次回は、飛田給駅から武蔵野台駅に向かいます。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などは京王電鉄さんの許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

・『京王ハンドブック2022』(京王電鉄株式会社広報部/2022)

・京王グループホームページ「京王電鉄50年史」他

下記の2冊は主に古い写真など「時代の空気感」を参考にいたしました

・『京王電鉄昭和~平成の記録』(辻良樹/アルファベータブックス/2023)

・『京王線 井の頭線 街と駅の1世紀』(矢嶋秀一/アルファベータブックス/2016)