つくばエクスプレス【駅ぶら】004 新御徒町駅 家紋が9つ
※2025年6月撮影
トップ画像は、新御徒町駅ホーム。秋葉原駅から乗って来た普通守谷行から降りました。
普通守谷行が出発しました。壁面に家紋の装飾があります。
※2025年6月撮影
数えながら撮影しました。9つの家紋があって、簡単なキャプションが付いています。
※2025年6月撮影
どうやら新御徒町駅の周辺にあった大名屋敷の家紋です。
「松前伊豆守」とあります。家紋は「丸に割菱」。
蝦夷地松前藩の江戸上屋敷が、駅近くにあった様です。
では、ホーム壁面の家紋を見ていきます。
次は「大久保佐渡守」、烏山藩大久保家の家紋「大久保藤、鳥居、左巴」。やはり上屋敷が、駅の近くにあった様です。
※2025年6月撮影
「柳沢弾正少弼(やなぎさわだんじょうしょうひつ)」は、三日市藩藩主柳沢家を指します。弾正少弼は律令制の役人の位階。藩主は江戸定府(領地に帰らず江戸で幕府に勤めた)で、上屋敷が新御徒町駅近くにありました。家紋は「柳沢花菱」。
※2025年6月撮影
「加藤出羽守」は、伊予大洲藩主加藤家。やはり江戸上屋敷が御徒町公園辺りにありました。家紋は「蛇の目」。戦国時代の加藤清正の家紋で有名です。加藤出羽守とは、親戚ではない様ですが、詳しくは分かりません。
※2025年6月撮影
「酒井大学頭」は、出羽松山藩酒井家。家紋は「隅入り平角に片喰」。江戸上屋敷がやはり駅近くにあった様です。
※2025年6月撮影
「佐竹右京大夫」は、出羽久保田藩佐竹家。家紋は「日の丸扇」。江戸上屋敷がありました。
この後【駅ぶら】する佐竹商店街が今も佐竹家の名を伝えているのですね。
※2025年6月撮影
「宗對馬守」、対馬藩宗家の上屋敷がやはりあった様です。家紋は「対州桐」。
※2025年6月撮影
「立花飛騨守」は、柳河藩立花家。あまり見慣れない家紋は「細河守」。江戸上屋敷が御徒町にありました。
※2025年6月撮影
最後が「藤堂和泉守」。伊勢津藩藤堂家。初代藤堂高虎が有名ですが。家紋は「藤堂蔦」。広大な江戸屋敷が何カ所かあった様ですが、新御徒町駅近くにもあったのでしょう。
※2025年6月撮影
大名家の家紋が9つもありました。
御徒町は、江戸時代から下級武士(騎乗が許されない徒士)が多く住んでいました。それで御徒町。
いずれにしても町民では無く、侍の住む町だったのですね。家名、藩名、家紋などを調べる中で、江戸時代のこの辺りの地図を何度か目にしました。大きな大名の江戸屋敷がたくさんあったのです。
あ、駅名標を忘れてはいけません。駅番号は、TX02です。
※2025年6月撮影
つくばエクスプレスの駅構内図を見るとホームは、地下4階と深いです。
長いエスカレーターがとてもありがたい。
この日はエスカレーターの点検作業、ふだんは下りに使われている右側が上りになっていました。
※2025年6月撮影
地下3階に、都営大江戸線の乗り換え改札口があります。
※2025年6月撮影
改札口は地下1階。
※2025年6月撮影
改札口を出ます。
※2025年6月撮影
長い通路の先、A2出口に向かいました。佐竹商店街に行きます。
※2025年6月撮影
(写真・文/住田至朗)
※駅構内などはつくばエクスプレス(首都圏新都市鉄道株式会社)の許可をいただいて撮影しています。
※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。
※参照資料
首都圏新都市鉄道株式会社 会社要覧2024
るるぶ情報板関東31 つくばエクスプレス JTBパブリシング 2025年5月1日
つくばエクスプレス沿線アルバム 生田誠 山田亮 アルファベータブックス 2023年8月5日
つくばスタイル No.12 枻出版 2011年4月10日
つくばエクスプレス 最強のまちづくり 塚本一也 創英社 2014年10月23日 他