【私鉄に乗ろう 42】阪堺電気軌道 上町線 その1

2018.01.26

※この「私鉄に乗ろう」の写真は、筆者がプライベートな旅で撮影したものです。鉄道会社さんから許可をいただいていませんので、乗車券があれば誰でも入れる場所から、手持ちで撮影したスナップ写真です。ポケットに入るコンパクト・デジタルカメラで撮影しています。

路面電車です! 阪堺電気軌道に初めて乗ります

阪堺電気軌道には大きく2つの線区があります。メインが恵美須町停留場から浜寺駅前停留場までの14.1km(停留場は31)を結ぶ阪堺線、途中の住吉停留場から分岐して天王寺駅前停留場まで4.4km(停留場は10)の上町線です。現在は天王寺駅前〜浜寺駅前が直通運転されているので、こちらが事実上のメインという感じです。

さて、阪堺電気軌道の歴史を簡単に記します。まず古い順で上町線、1900年(明治33年)大阪馬車鉄道が天王寺(天王寺西門前)〜東天下茶屋間を1069mmで開業したのが始まりです。1902年(明治35年)には住吉神社前(現・住吉)まで延伸。1907年(明治40年)に大阪電車軌道、さらに浪速電車軌道と社名を2度改称。1908年(明治41年)電化・標準軌(1435mm)改軌、1909年(明治42年)には南海鉄道が浪速電車軌道を合併、上町線となりました。1910年(明治43年)には電車の運転を開始しました。その後が複雑なので省きます。紆余曲折を経て1980年(昭和55年)に阪堺電気軌道に分離譲渡されました。

一方、1911年(明治44年)阪堺電気軌道が恵美須町〜市ノ町(現・大小路)間を開業、1912年(大正元年)には浜寺駅まで延伸されました。1915年(大正4年)南海鉄道に合併されます。1944年(昭和19年)関西急行鉄道と南海鉄道が合併して近畿日本鉄道が成立。1947年(昭和22年)旧南海鉄道の路線が南海電気鉄道に分離譲渡されました。1980年(昭和55年)に上記上町線とともに阪堺電気軌道に分離譲渡されて現在の姿になります。

南海浜寺公園駅から西に歩いて2分

南海浜寺公園駅は、東京駅の設計で高名な建築家辰野金吾が最初に手がけた駅舎(国の登録有形文化財)で、1907年(明治40年)の建築があることで有名ですが、訪れた2017年12月には高架化にともなう駅改良工事中で既に移築が決まっていて見ることができませんでした。

西側に出て正面に浜寺公園が見えます。

手前の右側に阪堺電気軌道の浜寺駅前停留場があります。

駅舎に沿って単式1面1線のホームがあって天王寺駅前行が停まっていました。まずは天王寺駅前まで行くことが決定です。

停留場入口の看板。上に分岐している緑色のラインが阪堺線、青の真っ直ぐのラインがこれから乗る上町線です。青のラインが直通運転されています。

駅舎には定期券・回数券うりばがあります。

乗る前に電車の前から撮りました。左側が駅舎です。これから乗るのは2013年(平成25年)に導入された最新鋭の1001形「堺トラム」、中でも最新、2015年から営業運転している1003号車。Gマークが誇らしげです。

車両に乗り込んで前方を見ると、浜寺駅前行電車が到着しました。見難いのですが右側に小さな単式ホームがあります。

天王寺駅前行が発車しました。到着した電車の右にほぼ道路と同じ高さの単式ホーム、分かりますか? お客さんは既にそこから降車しています。

新設軌道を走り始めました。視点が低いので標準軌(1435mm)が広く見えます。正面で勾配を登って、

南海本線を越えます。

1.2kmで船尾停留場。踏切を挟んで下りホームがあります。

駅名標。

石津川を渡ります。停留場が見えています。

0.7kmで石津停留場。相対式ホーム2面2線で向かい合っています。実は珍しいパターンです。この後の停留場ホームは多くが千鳥式にずれて設置されています。すれ違ったのは阪堺電気軌道501形電車503号車。質屋さんのラッピング広告です。

駅名標。

0.6kmで石津北停留場。下りホームが手前にあります。

2015年開業の停留場、阪堺電気軌道になって初めて、35年ぶりに新設された停留場なので作りがモダンです。

駅名標。

最新式の超低床車両にのってスムーズに走り始めました。【私鉄に乗ろう 42】阪堺電気軌道 上町線 その2 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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