特異な平地のスイッチ・バック駅【私鉄に乗ろう92】一畑電車 その8

2019.08.26

0.7kmで園駅。映画“RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語”では自転車を引いて電車を降りた女性に主人公が忘れ物を渡すためにホームを走ってくるシーンが撮られていました。ホームのすぐ北側をカーブしながら登って行く国道431号線で園駅だと分かります。手前のガードレールが国道です。

駅名標と待合室。建物は瓦屋根を観てもかなり時代物です。1915年(大正4年)開業ですから100年前のオリジナルかな。1979年(昭和54年)までは有人駅でした。平均乗車人員は、70人/日(2015年 一畑電車調べ)。園町にあるので園駅です。ここにも絵が飾られていますね。ちょっと宗教画の様な不思議な絵です。

そろそろ宍道湖が近くなっているハズです。

ほら、右車窓に宍道湖です。雲がありますが青空も見えています。

一瞬、陽が射してきました! 嬉しいなぁ。

湖面に陽光が反射しています!

しかし、突然雲の下に入った様です。呆けてますが、これしかカットがないので御容赦ください。右手側の宍道湖を離れて左(北)に入ってゆきます。一畑電車の元になった一畑駅方面に向かうのです。一畑軽便鉄道時代には、湖畔の小境灘(一畑口駅付近の地名)と松江を結ぶ船が運航されていました。

湖畔から300m程の内陸に一畑口駅がありました。松江しんじ湖温泉駅からの電鉄出雲市駅行電車と交換します。あちらは7000系7001号車。

シザーズ・クロッシングの向こう、左の単式ホーム側に駅舎があります。

駅名標。1915年(大正4年)小境灘駅として開業。曲折があって一畑薬師(醫王山一畑寺)も一部出資したということです。当時は北に3.3kmほどの一畑駅まで線路があって、一畑薬師(醫王山一畑寺)へ参拝の足になっていました。1928年(昭和3年)には、北松江(現・松江しんじ湖温泉駅)と当駅間が開業。接続駅になりました。

しかし、小境灘駅から一畑駅までの3.3kmは、1944年(昭和19年)戦時下の鉄材供出で営業休止になり、そのまま1960年(昭和35年)には廃止されました。その為に、この駅が特異な平地のスイッチ・バック駅になっているのです。

前後しますが、1952年(昭和27年)には一畑口駅に改称されました。

面白いのは地図を観ると一畑薬師(醫王山一畑寺)の手前に「一畑駅前」という地名が残っているのです。電車が、1944年(昭和19年)に営業休止してから70年以上が経っているのにもかかわらず、です。

では、スイッチ・バックして進行方向が変わります。一畑口駅舎を見てから、松江しんじ湖温泉駅に向かいます。

【私鉄に乗ろう92】一畑電車 その9 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)

TAGS 一畑電車


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