※阪神8000系電車 1984〜1995年に6両編成21本(126両)が武庫川車両工業(2002年まで存在した阪神の子会社)で製造されました。

駅名標。1905年(明治38年)の開業。1990年(平成2年)六甲ライナー開業に合わせて駅舎を改築。全ての列車が停車します。六甲ライナーの橋脚建設で150m北に移設された谷崎潤一郎の旧邸倚松庵(いしょうあん)があります。

この先は連続立体交差・高架化工事の進行中でした。

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下り線は、2015年末に高架化が終わっていますが上り線は地上を走ります。このカット以降、画像の中央下を真横に走るノイズが続きます。ノイズの発生原因は不明ですがこの時以外は発生していないので不思議です。

駅かな?

1.2kmで青木(おおぎ)駅。難読駅名です。上り線は島式ホーム1面2線。待避できます。

駅名標。1905年(明治38年)の開業。阪神・淡路大震災時1995年1月17日に阪神本線は不通になりました。甲子園駅〜青木駅間が最も早く1月26日に復旧。神戸市内の駅だったのでたいへん混雑したそうです。2月11日には御影駅まで復旧。全線の復旧は6月26日でした。当時のニュースでは、阪神電車の高架式石屋川車庫が大きな被害を受け、車両が大量に損傷したことが記憶に残っています。高架式石屋川車庫は新たに再建されています。

お昼過ぎです。朝7時の山陽電車飾磨駅の山陽そば以来、立ちっぱなしで前面展望。だいぶ草臥れてオナカも減りました。というか、いつも上手く食事と休憩が取れません。夕方撮影が終わるとだいたいボロボロになっています。(笑)

いつも感じますが、高い頻度で運行される阪神電車の様な鉄道が列車を運行しながらの工事というのは凄いなぁ。

阪神電車は、子供の頃から真っ直ぐな線路が少ないという印象がありますが・・・。

1.1kmで深江駅。愚弟が社会人になった年、この駅の北側にある新入社員寮で1年間研修生活をしていました。その年に阪神タイガースが21年ぶりのリーグ優勝。現地での熱狂を伝えてきました。バース・掛布・岡田の時代です。懐かしい、もう34年も経つのですねえ。幾星霜。

駅名標。1905年(明治38年)の開業。深江の海側には従姉妹が新婚生活をしていて、お役所の官舎に四国をバイクで回った帰りに寄ったコトがあります、と言っても学生時代だから遥かに昔です。その時に赤ちゃんだった坊やが中年ですから・・・。

古い私事頻出ですみません。色々と縁のあるエリアなのです。

では、【私鉄に乗ろう94】阪神電車 その4 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)