あれ、複線?【非電化路線に乗ろう01】大船渡線その2

2019.11.10

東北本線と大船渡線の線路が入り乱れています。というかこーいう線路がごちゃごちゃした眺めが好きなんです。

※読者から「こーいう」は正しく「こういう」と表記してください、とご指摘頂戴いたしました。おっしゃる通りなのですが、1970年代後半から1980年代前半に、嵐山光三郎さんや椎名誠さん、南伸坊さん、篠原勝之さんたちが使って一世を風靡した「昭和軽薄体」という口語的な表現がありました。長音を「ー」で表記しておられました。筆者もタマに(コレも本来漢字で書くトコロをカタカナにするという昭和軽薄体です)用いております。平成も終わって令和だというのに、何を昭和だのと寝言を言っておるのだ!とご立腹なさるかもしれませんが御宥恕ください。何よりもご指摘ありがとうございました。今後とも宜しくお願いいたします。

右が東北本線福島方面、左が大船渡線、あれ、まさか、複線?

そんなワケはなくて、左は行き止まりの引き込み線でした。大船渡線は非電化単線ですから。

右は国道284号線。「気仙沼まで44km」と表示されています。

不思議な空模様です。22パーミルというけっこうな下り勾配。この先で大船渡線は90度右にカーブしてほぼ真南に進みますが、敷設された時の計画では、南に向かわずむしろ北に向かって左にカーブして狐禅寺という土地を通って北上川方面に進む予定だったそうです。北上川の氾濫で取りやめになり真滝駅が作られたのです。

一ノ関駅から5.7kmで真滝駅。相対式ホーム2面2線。

上りと下りのホームがズレて設置されている、のではなくて、下りホームの方がいくぶん長い様です。上りホームの赤い屋根は大きめの待合室。沿線には4月になっていますが雪がチラホラ残っています。

駅名標。1925年(大正14年)開業。1986年(昭和61年)までは有人駅でした。駅所在地は岩手県一ノ関市滝沢字館下ですし、地図で見た限り駅周囲に真滝という地名は見当たりませんでした。駅開業の頃の古い地名が保存されているのかもしれません。しかし、そーいう場合は創立の古い近隣の小学校名などに地名が残っていることが多いのですが、小学校は現在の地名通りの滝沢小学校です。

さて大船渡線、大まかに言うと一ノ関駅から陸中門崎駅までは概ね東に向かっています。が実際にはその間で相等左右に蛇行しています。航空写真を見ると分かるのが、山塊部分を避けて谷沿いに走っているからです。

北上川を渡ります。当初計画では上流(北)側3〜4kmの辺りで渡河する計画だった様です。そうすれば陸中門崎(りくちゅうかんざき)駅は通りませんが岩ノ下駅辺りにダイレクトでつながりますから、かなりの距離が短縮できます。・・・と言っても悪名高い「大回りする大船渡線」ですから距離を稼ぐ必要はなく、むしろ政争の具となった際に少しでも摺沢(すりさわ)方面に向かう様にしたかったダケかもしれません。

もうすぐ陸中門崎駅、大きく左に曲がって北上します。「我田引鉄」の代表例として揶揄(やゆ)されてきた「鍋鉉線」の始まる地点です。鉄道が公共交通機関の中心だった時代の物語とも言えるでしょう。

では【非電化路線に乗ろう01】大船渡線その3 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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