ホーム同士は100mくらい離れて【非電化路線に乗ろう03】男鹿線 その9

2019.12.06

トップ画像は男鹿駅の喫煙所から撮ったキハ40。男鹿線色の記憶を残します。

往きに気になった羽立駅の分岐。横取り装置なので通常使用ではなく保線用と思いますが、線形からもやはり、羽立駅が島式ホーム1面2線だったことを想像しちゃいます。

何で脇本駅のホーム上に岩というか石が並べてあるのか? 調べてみましたが分かりません。横の木枠は花壇の跡の様です。有人駅時代に国鉄職員の方が丹精されていたのでしょうか。

出戸浜駅の使われていないホーム、手前に少しだけ線路が残ってました。手前がカーブしてポイント直前という感じです。

13:55に男鹿行に乗った追分駅に戻ってきました。16:19です。

3番ホームに入線します。

追分駅から秋田駅は奥羽本線ですが、せっかくなので、このまま進行します。奥羽本線は追分駅から四ツ小屋駅までは複線です。

2.5kmで上飯島駅。この駅のホームの位置が奇妙なのです。

右の下りホームは手前にあります。

何と上りホームは踏切を越えた先にあります。ホーム同士は100mくらい離れているのです。駅は1944年(昭和19年)終戦の前年に信号場として開業。1964年(昭和39年)東京オリンピックの年に駅に昇格しました。要は、奥羽本線が単線時代、戦時下に秋田産出の原油を運ぶために運転本数増加で設けられた信号所だった場所が、戦後複線化で信号場を廃止され、地元の人たちの努力で駅に昇格したけれど国道沿いで土地がなくて離れた場所に設置した、ということらしいです。理由は分かりましたが、やはり駅の眺めとしては奇妙です。

2.5kmで土崎駅。また凄い勢いで線路が錯綜しています。駅の手前で分岐している線がありました。秋田港に行くJR貨物の貨物支線(通称:秋田港線)です。分岐線はカーブの途中で上手く撮れず。そう言えば、豪華客船入港時にJR東日本秋田支社が「秋田港クルーズ列車」を運行していますよね。この貨物支線を使って秋田港に臨時の旅客駅を設置するのです。

駅名標。1902年(明治35年)開業の古い駅。現行の駅舎は1926年(昭和元年)の建築。この駅には、駅そばもある様なので降りてゆっくり駅舎を眺めれば良かった、と後悔。JR貨物の駅でもあって、あの複雑な側線は貨物用でしょうか。

いやぁ、奥羽本線追分〜秋田間は面白い。土崎駅の先には、その昔、D51を製造したという旧土崎工場、現JR東日本秋田総合車両センターもあります。

では、【非電化路線に乗ろう03】男鹿線 その10 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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