あのころの塚本、夕方の1・2番のりば神戸寄り(再掲2017/08掲載)

2019.05.02

「またかいな、もーっ」

大阪で仕事を終えて、「仕事終わったから呑もうゼ」って電話すると、十三か、天満、京橋、塚本で「やろうや」って返ってきた。もう10年前。大学でいっしょにバンドした仲で、いっしょに泣いたり笑ったり。ケンカもした。

大阪に行く曜日が決まってて、ショートメッセージで「どこにする?」ってやりとりをして。5年か前は、塚本が多かった。

それはこちらの都合。もともと最終の新幹線に間に合うようにと、大阪のヤツらが十三や天満、京橋で呑む時間をつくってくれたけど、塚本は、別だった。

夕方、北へと旅立つ寝台特急「日本海」の、“舞台袖”が見える、いい感じのスポットだったから。

コギレイなパーイチとブルートレインが、車両基地をスルリと出て、「じゃ、行ってくるわ」って顔で塚本を通り過ぎる。彼らは、ラッシュ時間帯の混雑する大阪で、北をめざす旅人をむかえ入れ、ホイッスルを一発かまして、ゴツンと出ていく……。

特急「日本海」の舞台入りを見送ったころ、例のヤツらは塚本駅についている。「よおーっし、やろうか!」ってことで駅前商店街へと突入すると……。

記憶にないことばかりで情けないけど、3軒目か4軒目のスナックで、やしきたかじんの「東京」を歌って泣いたことは覚えてる。泣いたことだけ覚えてると思ったら、タラコくちびるのママの顔もうっすら覚えている。

気がつくと、サンライズ出雲・瀬戸の車内……財布をみると、入ってるはずの金が、ぜんぶない。

塚本―――。いまも、あのころの1・2番のりば神戸寄りの夕方は、忘れない。


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