89%がトンネルでした【私鉄に乗ろう98】三陸鉄道リアス線 その30

2020.02.03

岩泉小本駅から8.5kmと長い駅間で島越駅です。その8.5kmの何と約89%、7527mがトンネルでした。

旧駅から100mほど北に移動した場所に新しいホームと旧駅のデザインを用いた新しい駅舎が作られています。北リアス線では鉄道自体が最も甚大な被害を被った地区です。北リアス線復旧でも、この駅と田野畑駅間が最後まで残りました。2014年(平成26年)、震災から3年後にようやく復旧、北リアス線全線が開通しました。

駅名標。1984年(昭和59年)三陸鉄道北リアス線の駅として開業。東日本大震災の津波で駅は流失。2014年に岩泉小本駅〜田野畑駅間が復旧して営業を再開しました。それまでの間、列車代替バスは国道45号線を通っていて、駅からは4km、徒歩1時間という状態でした。震災からの復興作業以前に、公共交通機関がほとんど無い状態で住民のみなさんはとても苦労されました。

ホームから海を望みます。何か建築物が作られています。右には巨大な防潮堤が作られていました。

第一島越トンネル(216m)。

新しく架け替えられたコイコロベ橋梁を渡って第二島越トンネル(723m)に。下を県道44号線が通っています。

こちらも新しいハイペ沢橋梁を渡って平井賀トンネル(655m)。右下に国道44号線が見えます。東(右)側100m程でハイペ海岸。津波で海底の宮古層群地層から運ばれた津波石があります。

トンネルを抜けたら、そこは雪国、に戻っています。田野畑駅です。

島越駅から2.0km。島式ホーム。幸い駅が高台にあったため東日本大震災では大きな被害を受けずに済みました。

駅名標。1984年(昭和59年)開業。2011年(平成23年)の東日本大震災での被災は免れましたが、2012年4月に北リアス線が営業を再開するまで、田野畑村の住民が駅舎を店舗にするという試みも実施されました。

懐かしい駅名標です。2009年(平成21年)9月に撮りました。

※2009年9月撮影

北リアス線のこの区間復旧に3年もの時間がかかったのは、高架線と駅舎自体が無くなるという島越エリアの甚大な被害と、コイコロベ橋梁、ハイペ沢橋梁の被災による新しい橋梁への架け替えなどに因るものです。震災後の写真などをネットで見ることができますが、ハッキリ言って「本当に復興できるの?」という感想を持ってしまう様な惨状でした。例えば新潮社のホームページにある日本鉄道旅行地図帳の東日本大震災の記録のページを御参照下さい。

では、【私鉄に乗ろう98】三陸鉄道リアス線その31 に続きます。

付記:2019年12月28日、田老駅〜田野畑駅間20.9kmが復旧、運行が再開されました。

これでリアス線全線の半分ほどが復旧したことになります。全線復旧は2020年3月の予定です。

頑張れ三陸鉄道リアス線!

(写真・記事/住田至朗)


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