読鉄全書 池内紀・松本典久 編 東京書籍【鉄の本棚 23】その18

2019.06.24

若山牧水「みなかみ紀行」(1924年/大正13年)

さて、若山牧水(1885-1928)と言えば教科書で習った歌人。大酒飲みで旅を愛し若くして亡くなった、くらいしか覚えていません。作品も教科書以外では知りません。調べたらこの「みなかみ紀行」は代表的な紀行文でした。

1922年(大正11年)、ほぼ100年近く前の鉄道旅です。10月14日若山牧水は住んでいた沼津を出発。東海道本線で東京を経由して信越本線で御代田駅。下車して自動車で岩村田。岩村田に宿泊。

1915年(大正4年)には佐久鉄道が小諸駅から小海駅まで開通していました。牧水一行は自動車でショートカットして岩村田駅に行った様です。

翌15日は、佐久新聞社主催の短歌会に出席。

16日、佐久鉄道で小諸に移動して懐古園。ここに家を建てた短歌の仲間の家で酒を飲みます。小諸駅から沓掛(現・中軽井沢)駅、そこからは徒歩で星野温泉。また友人たちと酒を酌み交わします。翌朝の朝食の膳にも酒が出てそのまま飲み続けます。

しかしよく飲むなぁ。若山牧水が43歳で亡くなった後、遺体がアルコール漬けの状態だったので医師が驚いたという逸話があるくらいです。紀行文でも朝から晩までのべつ飲んでいる印象。

17日。朝食の酒宴から一同うち揃って軽井沢の蕎麦屋に移動。また夕方まで酒を飲み続けます。そして草津軽便鉄道で終点の嬬恋。駅前旅館で一泊。

翌18日、朝は雨。バスで草津に向かいます。草津の湯、湯揉みの光景や歌などが描写されていますが、肝心の牧水が温泉に入ったかは書かれていません。草津温泉は交通の便が悪いのですがとても有名、歴史の古い温泉です。19日は天候が回復したので徒歩で沢渡温泉に向かったのかな。ハッキリ書いてありません。(笑)

信濃の晩秋

若山牧水たちは11月6日(水)朝星野温泉を発って沓掛(現・中軽井沢)駅から軽井沢発新潟行の汽車に乗りました。10月19日から11月6日の期間、若山牧水と友人たちは何処で何をしていたのか、分かりません。たぶん景色を愛でながら飲んでいたのでしょう。

牧水が若い頃、就職した新聞社や同居していた女性に倦いて発作的に旅に出て最初に落ち着いた場所が小諸でした。その時に四ヶ月、小諸で世話になった短歌の知人が医師で、この医師の家族連れと小諸駅で11年ぶりに再会しました。一緒に鉄道旅です。

篠ノ井駅で乗り換え。牧水は酒を買って飲みながらの旅です。

松本で旧友家族と別れ、浅間温泉に行くバスが混んでいたので同行者に提案して軽便鉄道(現・大糸線)で大町に行きました。ここで役所に勤める友人と会ってまた深更まで飲みます。

う〜ん、何だか友人たちと久闊を叙して飲んでいるダケという印象ですが。(笑)

100年前、若山牧水が旅好きなのはよく分かります。むしろ旅中毒?

ただ、残された家族はどうやって生活していたのか、気になってしまいます。詩歌総合誌や歌集などの売上げだけで生活できたということなのでしょうか。紀行文からは謎です。

(写真・記事/住田至朗)

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