まるで世を忍ぶ仮の姿?謎多き「紀州鉄道」の正体やいかに……

2019.08.18

写真:鉄道チャンネル編集部

皆さんは「紀州鉄道」という鉄道会社を知っているだろうか。

その駅数はわずか5駅、運行距離も2.7キロで、2019年現在で「日本最短のローカル線」を公称している。更には全線非電化、そして平均時速はおよそ30km/hといった、リニア新幹線が500km/hを超えようかという時代で、同時期の話とは思えないような、まさに典型的なローカル線と言えよう。一見、普通の地方鉄道であるのだが、多くの謎を抱えていた……その実態を探ってみた。

「紀州」なのに、和歌山ではなく東京が本社

まず驚くのが、東京に本社があるということだ。「紀州」と言えば、現在の和歌山県にあたる紀伊国の呼び名であり、「紀州梅」や「紀州犬」、近年ではワイドショーを賑わした「紀州のドン・ファン」でもよく聞く旧国名だ。しかし、この紀州鉄道の親玉である本社所在地は、驚くことに和歌山県ではなく、東京都にある。鉄道路線自体が、和歌山県御坊市に根を張っているにもかかわらず、その本社機能が関西地方はおろか、およそ600kmも離れた東京・日本橋に置かれている。その理由は、紀州鉄道の歴史を紐解けば浮かび上がってくる。

東京・日本橋に所在する紀州鉄道本社

複雑怪奇?紀州鉄道の歴史

鉄道会社といえば、鉄道事業を軸に関連するグループ会社・子会社を持っていることが多いのだが、この紀州鉄道に関してはその逆で、親会社は鶴屋産業という不動産・リゾート開発事業を行う会社である。このことから、鶴屋産業が東京の企業であるからして、子会社である紀州鉄道も東京に本社を置くのは頷ける。しかし、そもそも何故に東京の不動産会社のグループに和歌山の鉄道会社が属しているのであろうか。

紀州鉄道はもともと御坊臨港鉄道が前身であり、その御坊臨海鉄道は1960年代には既に経営は厳しく、廃線の危機に追い込まれていた。しかし、1972年に既に鉄道事業を廃止していた磐梯急行電鉄の不動産部門が御坊臨海鉄道を買収し、翌年には紀州鉄道に改名した。その買い手であった磐梯急行電鉄も1979年には経営権を鶴屋グループへと移行しており、紀州鉄道は現在も鶴屋産業の下で運営されている。

大金を払ってでも欲しい、「鉄道」の看板

営業係数(100円の収入を得るのにいくらの費用が必要か)が2011年鉄道統計年報では400を越えており、3万人に満たない御坊市において、紀州鉄道が何故経営を維持できているのか。それは、言わずもがなリゾート開発などの不動産業が主力となっているからである。不動産業において鉄道の会社名が有効なのは、「東急不動産」「近鉄不動産」などを見てもわかるように、鉄道会社が運営する不動産会社は、何の知名度もない不動産会社に比べれば一目瞭然に信用が高い。1972年当時で約1億円という大金で買収され、今もなお、東京本社が和歌山の赤字ローカル路線を手放さないのは、その鉄道ブランドを買っているからである。言い換えれば、「鉄道」の看板代を支払っているのだ。

※紀州鉄道Webサイト

鉄道会社のWebサイトとは思えないほどの、ホテルの掲載数だ。

ちなみに、鉄道が完全に運行していないにもかかわらず鉄道会社を名乗っている「ゴースト鉄道企業」が存在する。

東濃鉄道……1978年までに鉄道路線廃止。現在はバス会社。
鶴見臨港鉄道……1943年に戦時買収により国有化されて鉄道事業撤退、その後不動産業として営業。
※平成31年4月1日の社名変更により、東亜リアルエステート株式会社となる。

鉄道事業は「副業」にできるほど容易ではなかった

そんな紀州鉄道であるが、「本業」である鉄道事業で、近年に安全を揺るがす大きな事故があった。

2017年1月22日に同社御坊〜学門間にて、西御坊行きの車両が御坊駅を発車後に大きな音と衝撃があり、緊急停車し確認したところ後輪が脱線していたのだ。幸いにも怪我人はなかったが、この事故で28本の運休が発生したのだ。

その後、2018年1月には運輸安全委員会が報告書を公表、木製の枕木が腐食していたために軌間が大きく開いていたことが事故の原因であることがわかった。また、保守点検は実施されていたとのことであるが、現場係員がその危険性を認識していなかったという。同年6月には運輸安全委員会より、レールを支える「枕木」を木製からコンクリート製に換えるよう促す提言書を国土交通相に提出し、脱線事故防止への対応を求めており、同社においては、その後コンクリート枕木への取替が進んでいるという。

全国の各ローカル鉄道の大きな課題として、経営難の中にかかる保守費用、その設備を維持するための技術者、加えて技術を後継する人材不足がある。元来、会社組織としては採算事業を拡大し不採算事業を縮小することは、教科書通りの経営とも言える。鉄道事業の儲からなさを思えば親会社にとっては耳の痛い話ではあるだろうが、ブランド力の高い「鉄道」の看板を掲げるためには、鉄道事業としての最優先事項である「安全の確保」を疎かにすべきでないことは、論ずるまでもない。

終わりに

富士フイルムの元社長、小林節太郎氏は「やはり本業が大事だ。苦労しても品質をよくすることが必要だ。」として、フィルム産業という地盤をしっかり固めていたお陰で、他事業の多角化を実現した。

紀州鉄道のホームページを覗いてみると、トップページの上部には大きく「鉄道事業」のバナーが掲げられていた。また、今年も「We Love 紀州鉄道」と銘打って紀州鉄道の写真コンテストが行われている。リゾート・不動産業がメインとなっていても会社沿革には、前身である御坊臨港鉄道によって会社が設立された歴史が堂々と刻まれているところを見るあたり、例えわずか2.7kmの営業距離でも、紀州鉄道の中に鉄道会社の血が流れていることを、筆者を含めた鉄道ファン達はそれを信じてやまない。

※本記事は西上逸揮氏のブログへの投稿を、2019年現在の状況も踏まえてリライトし、ご寄稿いただいたものです。

(記事:西上逸揮/写真:鉄道チャンネル編集部)

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