富士山が後方になりました【駅ぶら01】小田急線59

2019.12.29

小田原駅を06:36発の各駅停車で新松田駅に向かっていましたが、開成駅を06:45に出た段階で流石に朝のラッシュで前面展望撮影が不可能な状態になりました。身動きが困難な状況で前面展望撮影は周りのお客さんには迷惑なので諦めました。

ここからの前面展望は、相模大野駅まで行った後、再び小田原駅に踊って各駅に降りて駅を撮っている過程でもう一度撮ったものになります。むしろ、朝イチよりも太陽光の方向も逆光が少なくなって良い傾向です。

開成駅を出てしばらく直進します。頭上を県道78号線の跨線橋が通っています。県道の跨線橋はこのまま右(東)に進んで酒匂川を渡る足柄大橋になります。

大きく右にカーブして東に向かいます。

酒匂川?

違いました。下を複数の道路が通っています。

カーブが終わって、酒匂川橋梁(292.0m)です。

1927年(昭和2年)4月の小田原線開通時に単線で架橋され、同年9月に同一構造の橋梁が架けられて複線になりました。小田原線が最初から複線で敷設されているのにこの橋梁が単線の並列になっているのには、理由があったのです。1927年(昭和2年)の架橋から酒匂川橋梁は基本的にそのまま使用されています。建設から90年以上。いつも思いますが、橋梁ってホントに丈夫ですよね。

2連ワーレントラス部分。

開成駅から2.5kmで新松田駅。島式ホーム2面4線。手前に折返し引き上げ用のY線が作られています。

各駅停車新松田行は一番左(北)の4番線に入ります。朝イチのラッシュだった各駅停車は、新松田駅からそのまま急行に種別が変更されて本厚木駅に向かいました。特急を除く快速急行、急行が新松田駅から本厚木駅までは各駅に停車するのです。

上りホーム、小田原駅方面をみています。

駅名標。1927年(昭和2年)小田原線開通時に開業。1955年(昭和30年)当時の国鉄御殿場線松田駅との間に連絡線完成。1980年(昭和55年)新しい駅舎が完成。旧初代駅舎は向ヶ丘遊園に移設され鉄道資料館になりましたが向ヶ丘遊園駅閉園にともなって解体された様です。駅名は所在地名ですが、御殿場線(小田原線開通時は国鉄東海道本線)松田駅があったため新松田駅になりました。

駅の出入口には跨線橋で移動します。跨線橋から新宿駅側、駅前広場が見えます。

こちらは小田原駅方面、小田原線が酒匂川を渡ってから東に向かうので富士山は後方になってしまいました。この後、小田原線では最も長い駅間6.2km先の渋沢駅まで東に進んだ後は、また北東に向かいます。

北側の改札口に来ました。

ちょうど背後に、木材仕上げのトイレがありました。

改札口の外から。

北側は駅前広場がロータリーになっています。改札正面はタクシー乗り場かな。

この時点で11時半頃。早起きして地元のJR駅でコンビニおにぎりを食べたのが朝の5時頃でした。ソレから6時間半、前面展望を撮ったり駅周辺を歩いたりしましたから、オナカはペコペコです。北口の横には箱根そばがあります。嬉しいなぁ。

この後は、JR松田駅に行こうと思っていますが、その前に早いお昼にします。箱根そばもまだそれ程混んではいませんし。何を食べたのかは、コラム【EKISOBA】に、この後アップします。

【駅ぶら01】小田急線60 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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