古くから人が暮らしてきた土地です【駅ぶら02】相模鉄道40

2020.03.07

いずみ中央駅、改札口を出て左、まずは南口に出ます。左に相州そばがありました。実は1月11日(土)のお昼をここの相州そばでいただきました。本日の【EKISOBA】でご紹介します。天井の明かり取りがユニーク。

振り返ると北口が見えます。手前右側にも出入口があります。

南口を出ました。「相鉄ライフ」の駐車場出入口が下にあります。右上はホーム。ここはあまり使われないのか、利用者の往来はあまりありません。

いずみ野線のガードをくぐって、駅の東側に出ます。北に向かって和泉川に沿って歩くと、先ほど相州そばのトコロにあった南口がありました。先刻出てきた出入口を含めて南口は2箇所あるということですね。

和泉川、右が「和泉川・地蔵原の水辺」、駅は左です。人と自転車だけが渡れる小さな曙橋の上から撮っています。

「和泉川・地蔵原の水辺」を歩いています。寒いけれど、良い気分です。

振り返ると、いずみ中央駅全体が見えます。ゆっくり過ごしてみたいけれど、夏場は蚊が多いかなぁ。

県道22号線長後街道に出ると横浜市泉区役所があります。

長後街道を東に100mほど歩いて右に曲がると神明社という小さな神社があります。

いずみ中央駅はいずみ野線の他の駅と異なって、いずみ野線が開通したことで新たに開かれた土地ではありません。長後街道が通り、古くから人が往還し、人が生活してきた土地です。

この神明社は鎌倉時代初期、権勢を強める北条氏に反旗を翻した(和田合戦)ために歴史から消えてしまった泉小次郎親衡(ちかひら)が館をこの地に築いた際に鬼門除け守護神として勧進されたと伝わっています。

泉小次郎親衡は、源満仲の子孫で信濃源氏嫡流と言われています。神明社には「横浜市地域史跡 泉小次郎伝承地」という塔が立っていました。

神明社の脇に「蚕御霊神塔」(左端)があります。横浜市教育委員会の看板によれば、慶応二年(1866年)霜害で桑が枯れてしまい、蚕の餌が無くなり蚕を地中に埋めた村民六十余名が蚕の慰霊のために明治11年(1878年)に建立した石塔です。

並んでいる庚申塔や右端の小さなお地蔵さんも魅力的でした。

和泉川を渡って駅の方に戻ります。

こちらは北口。隣は「相鉄ライフ」。

ユニークなドーム屋根のエントランス。

北口。右にはスーパーマーケット「そうてつローゼン」があります。

正面は南口。改札口まで戻れば「輪が閉じます」。(笑)

改札口を入って、次の駅に向かいます。正面には窓越しの「和泉川・地蔵原の水辺」。

【駅ぶら02】相模鉄道41 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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