シベリア鉄道貨物輸送再開初回となった2018年は横浜港本牧ふ頭でテープカットが行われました。 写真:上里夏生

多くの鉄道ファンが憧れる世界の鉄道の一つにシベリア鉄道が挙げられるでしょう。大平原を長い編成の列車が一直線に走る。本稿はそんなシベリア鉄道の話題。といっても運ぶのは貨物です。

2018年度にスタートしたシベリア鉄道パイロット事業(実証輸送)、3年目にあたる2020年11~12月で、国土交通省は初めてコンテナ列車1編成すべてを日本発の貨物で埋めたブロックトレイン(※)を運行します。シベリア鉄道経由ヨーロッパ行きの鉄道貨物輸送が可能かどうか見極めるのが目的。国交省の資料を基に、シベリア鉄道の可能性や課題を探りましょう。

※ ブロックトレインは列車1編成貸切の貨物列車を意味します。

ウラジオストクからモスクワへ

日本からヨーロッパへの貨物輸送ルート 画像は国交省資料から

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日本からロシア、そしてヨーロッパへの貨物輸送手段には陸路(鉄道)、海路(船舶)、空路(航空機)が考えられます。輸送時間の関係で空路を使う電子部品などを除き、一般的なのは海路と陸路です。シベリア鉄道は、ロシア極東のウラジオストックと首都のモスクワを結ぶ延長9288kmの幹線鉄道。20世紀初頭に建設され、既に全線電化・複線化済みです。

日本発の鉄道輸送は1970年代ごろに始まり、ピークの1983年には年間8万3000tを運びました。1970年代は日本企業がほぼ100%の荷主だったという記録もあります。

しかし1991年に旧ソ連が崩壊すると、政局の混乱から運賃高騰や輸送不安定化といった問題が発生。日本とロシアとの外交関係が冷え込んだほか、鉄道インフラ不足で輸送量は減少の一途をたどりました。真偽は不明ですが、鉄道輸送中の貨物の破壊や盗難が相次いだとされ、ほとんどの荷主は輸送手段を陸路から海路に切り替えました。

2000年代に入るとロシアは資源大国として経済成長。シベリア鉄道の輸送も安定しましたが、日本企業は戻りませんでした。最近のシベリア鉄道では、中国と韓国が荷主の大勢を占めます。

日ロ首脳がシベリア鉄道利活用に合意

最近になって日ロ首脳会談で、シベリア鉄道の利活用を図ることで合意。国交省は2017年の日露運輸作業部会で輸送方法を検討、大型40フィート海上コンテナを試験輸送しました。2018年には国交省が荷主企業を公募するパイロット事業として本輸送に入りました。

シベリア鉄道の所要日数は海路の半分

日本発の貨物を積載したシベリア鉄道のコンテナ貨車。日本のコキ形貨車に似た印象。コンテナの「FESCO」はロシア最大の物流事業者のトレードマークです。 画像は国交省資料から、写真提供:東洋トランス

国交省の当初の試算では、日本からモスクワへの物流で海路の南回り(スエズ運河経由)は所要53~62日、輸送コスト5500~1万米ドル。シベリア鉄道ルートは20~27日、4500~6000米ドルで日数、コスト両面で鉄道にメリットがあるとされました。

再開初回となる2018年のパイロット事業では、海路に比べ輸送日数を大幅に短縮できる鉄道輸送のメリットが証明されました。国交省の公募に応じた荷主は、日本通運をはじめとする物流企業から工作機械、飲料メーカーまで多分野の12社。国内では、仙台、横浜、清水(静岡)、名古屋、神戸、伏木富山の国内6港で集荷してウラジオストック港に入港し、シベリア鉄道に積み替えてモスクワなどに向かいました。

冬季はマイナス30度に気温が下がるロシアも、11月までは輸送品質に問題なし。ウラジオストックでの通関手続きも通常1日で輸入許可が下り、トラブルはありませんでした。

ロシア連邦運輸省などと協力覚書交わす

2年目の2019年、国交省はシベリア鉄道のコンテナ輸送に係る協力覚書をロシア連邦運輸省、ロシア鉄道、日本トランスシベリヤ複合輸送業者協会との間で交わしました。日本からロシアを抜けてヨーロッパへ向かう、日欧間の鉄道貨物輸送の促進が目的です。

覚書は、輸送に当たって課題となる規制や手続きを見直し、サービス改善を盛り込みました。具体的には、シベリア鉄道ルートの物流輸送インフラ整備に努力し港湾をはじめ輸送の結節点での貨物処理手続き改善。ルート全体の貨物追跡システムの創設可能性の検討、共同マーケティング・広報活動の充実などを確認しました。

2019年9~11月に実施された2年目の荷主は、工作機械や自動車部品メーカー。ウラジオストク発の貨物はロシアを抜けて隣国・ベラルーシのブレストに到着しました。ブレストからは欧州内コンテナ列車やトラックに積み替えて、ポーランド、チェコ、ドイツの最終目的地に向かいました。ブレストが到着地なのは、線路幅1520mmのロシアゲージ(広軌)から1435mmのヨーロッパゲージ(標準軌)に切り替わるためで、ここがシベリア鉄道の終点です。

ロシアの貨物列車は2列車を連結運転

モスクワ特別市近郊のベカソボ操車場。有蓋車、無蓋車、タンク車などさまざまな貨車が見られます。 画像は国交省資料から。写真提供:東洋トランス

ここで中休みをいただいて、シベリア鉄道の貨物輸送を見てみましょう。動画サイトで検索するとシベリア鉄道の貨物列車があれこれ出てきますが、100両以上の貨車が1本の貨物列車として運転されているのを見れば、貨物列車好きの方は衝撃を受けるはず。電気機関車(EL)は3両連結で、2車体連結のJR貨物のEH500形の間にもう1両挟んだような構造です。

貨物列車はELの後ろに70~80両の貨車が続き、再びELが登場します。私は最初、最後尾をELで押していると思ったのですが、2両目のELの後にも延々とコンテナ貨車が続きます。つまり2本の貨物列車をつないで1本の貨物列車として運行しているのです。

ロシアでは貨物の85%が鉄道輸送されているとの記述を見掛けましたが、とにかく貨物列車のスケールの大きさに圧倒されます。

ブロックトレインでコスト高を解消

3年目となる2020年の輸送が11月から始まりました。11月5~6日に横浜港を出港、神戸港と富山新港で集荷しながら11月13~14日にウラジオストク港に入港します。11月18日にウラジオストク駅をブロックトレインで出発し、モスクワを経て12月上旬に終点のブレヒトに到着します。

2018年と2019年のパイロット輸送では、シベリア鉄道経由の陸路は海路に比べコストが1.5倍といった課題が判明しました。国交省はブロックトレイン輸送で、コストダウン効果を見極める考えです。

今回は日本触媒の化学薬品(40フィートコンテナ10台)、本田技研工業の二輪車完成品(同3台)、マキタの電動工具(同2台)、ニプロの医療機器(20フィート3台)など荷主企業15社のコンテナ30台を運びます。

国交省は今回のパイロット事業の添付資料で、シベリア鉄道の近況を報告しました。鉄道輸送と海上輸送は全面競争でなく、納期を重視しない貨物が船舶を志向する一方、環境にやさしい鉄道輸送への信頼が増して鉄道も選択されます。「EUとアジア太平洋地域を結ぶ輸送市場に、鉄道と海上を組み合わせた新しい商品が登場するのも近い将来の話だ」としてブロックトレインの意義を示します。

文:上里夏生